A Different Approach to Cosmology

Fred Hoyle, Geoffrey Burbidge and Jayant V.Narlikhar
(Cambridge University Press)


評者:藪下信


本書は英国の著名な天文学者であったフレッド・ホイル卿の最後の著作である.あとの二人の著者はともに,ホイルの長年の共同研究者であって,現在も研究をつづけている.題名は,宇宙論への(主流とは)異なるアピローチというもので,著者たちはみずから自分たち理論は主流の理論とは異なっていることを認め,さらにそれを主張することで,正しい宇宙の姿がえられると信じているのである.評者はある偶然からホイルを知ることとなった.またある理論については,関連する研究をおこなってきたので,ここでは彼のひととなり,研究の概要をふまえた上で,この本の内容を紹介してみたい.

ホイルは英国のヨークシャア生まれ.エリートを育てるパブリックスクールではない,普通の高校を経て,ケンブリッジ大学に入学し,数学を専攻した.数学とはいっても,日本の大学の理学部の数学ではない.日本では,数学といえば,純粋数学しか意味しない.英国では,理論物理,弾性論,流体力学,理論天文学など,ようするに理論を中心とする分野にすすむ場合には,学部では数学を専攻するのである.卒業後は理論物理を研究しはじめたが,ある偶然から理論天文学に転向した.アメリカのプリンストン大学での研究から帰国したばかりのR.A.リットルトンに,あるクラブでの講演を依頼に行った.そのとき,リットルトンはある問題に没頭していた.二人あその問題について話しあったが,しばらくしてホイルがその問題を解決して,共著の論文をかくことになった.これはアクリシヨンとよばれて,その後,きわめて重要な過程であることが認められるようになったものである.このことがきっかけで,ホイルは天文学に転向し,次々と論文を発表し,のちにプルミアン天文学教授に就任する.彼の主な研究業績といえば,星の内部で,水素からいろいろな化学元素が合成されていくさまを解明したことであろう.この研究のなかで,じつは炭素の原子核のある性質を予測することになる.この分野で共同研究をしていたウイリアム・ファウラー(カリフォルニア工科大)はのちにこの性質を実験室での測定で確認して,ホイル理論のただしさを証明した.本書の著者の一人であるバービッジはこの分野での共同研究者である.

ホイルは若いころから,宇宙論に深い関心をいだいていた.宇宙論とは,星星からなる銀河を何千万(あるいは無限に多くかも知れない)も含む宇宙がはたして進化しているのか,開闢はいつどのようにしておこったのか,その未来はどのようなものか,というようなことを議論する学問である.アインシュタインの一般相対論をある仮定(宇宙原理)で単純化して宇宙全体に応用すると,ある種の数学的な解がえられ,これを宇宙のひとつのモデルと考えられる.そうすると,膨張する宇宙のモデルが導かれる.他方ハッブルは銀河の観測から,宇宙は膨張しているとの結果を得た.ということは,宇宙は進化する(時間とともに変化する)とかんがえるのが順当である.ところがホイルは別の考え方をした.銀河をみても,ほとんどの銀河はおなじように見える.そこに,進化の痕跡はみられない.宇宙は定常的なのではないか.これがホイルのかんがえたことである.時を同じくして,二人の研究者T.ゴールド,H.ボンジ(ともにケンブリッジ大学)も同じようにかんがえた.こうして,定常宇宙論の論文が2編王立天文学会のマンスリーノーチシスに発表された.1948年のことである.ホイルは宇宙を定常に保つためアインシュタインの式を少し変更し,物質創造の項(C場となずけた)をくわえた.物質創造は宇宙空間のいたるところで,一定の割合で起こっているとする.他方,ゴールドとボンジは完全宇宙原理なるものを導入した.宇宙原理とは,宇宙はある大きさでみると,どの部分もおなじようなもので,わが太陽に近い部分も,とおくの部分もほぼ同じだとの仮定である.完全宇宙原理とは,宇宙は時間的にみても,過去も未来も現在とほぼ同じはずであるという主張である.ゴールドとボンジは後にケンブリッジをさった(ボンジはふたたびチャーチルカレッジの学長として帰ってきている).

ホイルは最初は流体力学で著名なG.K.バチェラーが創設した応用数学理論物理教室に所属して,プルミアン天文学教授に就任していた(評者はここで院生としての生活をおくった).しかし,ここの運営方式に飽き足らず,ウオルフソン財団の支援を得て理論天文学研究所を設立し,そこの初代所長におさまった.どのような問題であれ,直ちに解決の糸口をあたえるかれの才能を買って,雑誌News Week は特集をくみ,20世紀のレオナルド・ダ・ビンチとまで,称えた.まさに順風万帆,Sirの称号を得て,ノーベル賞もすぐそこにあった.実際,元素の星のなかでの合成で共同研究したファウラーはノーベル物理賞をえている.それはバービッジ夫妻,ホイル,そしてファウラーが共同で書いた論文(B2FHと略される)を評価してのことである.またSirの称号をも得たのである.

ところが,ここに宇宙論の問題が残っていた.ケンブリッジにはM.ライルという電波天文学者がいて,遠くにある電波源の測定を行っていた.ライル卿らはそこに進化の痕跡がみとめられるとし,進化宇宙論を支持していたのである.ここで,学内は二派にわかれ,進化か定常かが研究者の間のみでなく,学生レベルででも,話題となっていた.本書の著者の一人ナーリカーはこのころのホイルの学生で,当然ながら,定常宇宙を支持する論文を書いていた.ホイルの立場は奇妙である.かれの学生でもあったロジャー・テイラー(サセックス大学教授,のちの天文学会会長,マンスリーノーチセスの長年の編集長)との共同研究で,宇宙に存在するヘリウム元素に関する研究で,ヘリウムの存在量を説明するには,進化宇宙のビッグバンかあるいは大質量天体が必要だとの結論にたっしていた.1964年のことである.それのみでなく,ロジャー・テイラーが来日したときに評者の自宅で会ったときには,そのビッグバンのなごりが熱放射の形で残っているはずだとは承知していたが,それが観測にかかるとはおもわなかったので,論文では触れなっかたと話していた.このような事情があるにもかかわらず,ホイルは定常宇宙論に固執したのである.後に,ベル電信電話研究所の二人の研究者が宇宙背景放射を発見し(1965年),これが(ホット)ビッグバンの名残と解釈されるようになり,ホイルを支持していた研究者もしだいに離反するようになっていった.さらに,研究所の運営についてホイルの意見が受け入れられず,かれは大学に辞表を提出し,受理された.

さらに大きな話題となった問題がある.星と星の間,いわゆる星間空間には,細かいチリが存在する.これはシリケート類,それに炭素の化合物が加わっているとされている.炭素を含む化合物としては,グラファイト,メタン,エタンの凍ったもの,また最近では炭素クラスターが考えられている.ところがホイルとかれのもと学生であったウイックラマシンジはこのチリが実は微生物で,これが彗星のなかで増殖して地球にもたらされ,生命の源となっただけでなく,いまでも病原体として,伝染病の原因となっていると主張した.これには,世界中がおどろいた.彼らがこの仮説にいたった道筋において,実はある日本人の研究者が関係している.ホイルらは,この仮説の実験的検証は容易にできるはずだと主張していたが,もはや英国内では,彼らに協力するものは現れなかった.実は評者は,数人の友人とこの問題に首を突っ込むことになるのだが,数年に及ぶ実験や計算の結果,かれらの仮説は受け入れられないとの結論に達したのである.

以上からも理解されるとおり,宇宙論研究者のおおくは,進化宇宙モデルを支持している.それの根拠となっているのは,宇宙の背景放射,ヘリウムの存在である.定常宇宙モデルを支持するからには,これらに合理的な説明が与えられなければならない.著者らは,もとの定常宇宙モデルを変更して,凖定常宇宙モデル(QSSC)を導入し,その枠組みのなかで,観測事実が説明できると主張している.

まず,宇宙背景放射についてである.NASAが人工衛星を使って行なった観測によれば,それは温度が2.73K(絶対温度)の黒体放射である.ビッグバン理論では,これぞまさしく宇宙がはるかに高温であったときになごりである.これにたいするホイル等の説明は,次のようなものである.銀河のなかの星がもともと水素からできていたとする.宇宙の始原物質が水素であるとするのは,ビッグバンでも同じである.その水素にたいして,ヘリウムの量は質量(重さ)で25%である.水素からヘリウムへの変換(核融合反応による)で,エネルギーが発生し(星の放つ光となる),熱放射となって空間をみたしたときのエネルギー密度を計算すると,その密度は2.78Kとなり,2.73Kの背景放射とほとんどおなじとなる.したがって,ビッグバンは必要がない.必要なのは,星の放つ光の波長をながくして,マイクロ波にかえてくれる物質である.ホイルらは,星の進化の最終過程で作られ,銀河から放出され,銀河間空間に撒き散らされたチリがそれをしてくれると主張する.チリとしては,鉄からなる細長い針金状のものが一番効率が良い.ただし問題がないわけではない.銀河の年齢とされる100億年ぐらいでは,水素の25%もが,ヘリウムに変換されない.変換されるためには,普通の星よりもはるかにおおきな超大質量星が存在しなければならない.

つぎに宇宙の膨張である.ホイルは最初,膨張はいちように起こっているとかんがえていた.いまでは,膨張,収縮をくりかえしてはいるが,ビッグバン宇宙のひとつの終末としてみちびかれるビッグクランチはおこらないとする.そして物質の創造である.ビッグバン理論では,宇宙の初期にすべての物質が創造される.ホイルらは,それ以外の時間においても,物質創造は起こるとする.なぜ,ある時には可能な物質創造が,それ以外のときには起こりえないとかんがえるのか,理論的根拠はないとする.そして,銀河の中心部でブラックホールとみなされるところがあちらこちらで見つかっているが,ここがまさに物質創造の起こっているところだとする.もちろんそれなりの理論的根拠(C場)にもとづいてのことである.この理論によれば,銀河が進化してその中心部にブラックホールができて行くのではなく,まずブラックホールに近い状態で物質創造が行われる.

以上が本書で展開されている理論の概要である.ある種の思いつきにもとづいて書かれたものでないことは確かだろう.著者らにとっては,まさに一生の研究成果をまとめあげたものである.しかしだからといって,万人を説得できるものではないだろう.ある研究者はこの本についての意見をもとめられて,いや(読むのは)時間のむだですよ,と言ったとつたえられている.評者の意見はときかれれば,自分なりの意見をもってみたいと思われる人には,よい本だと言える.これだけの理論的構築物を,学術論文だけをとおして理解しようとするのは,大変だからである.それでは,その理論の枠組みに納得したかととわれれば,納得はしていない。 しかしいろいろと考える材料を提供していることには間違いはないと答えるのが適当なのではなかろうか.