The Expanding Universe

Sir Arthur S. Eddington
(Cambridge University Press)


評者:藪下信


ここに取り上げた書物は1933年の出版である.そしてその内容は宇宙全体を扱う分野,今で言う宇宙論である.そのような科学の書物が,出版後70年以上も経過したときに,本当に意味をもつのかという疑問がでてきても当然であろう.しかし,著者が取り上げた疑問は,実は現在も解決はされていない.ただ,別の解釈が与えられているにすぎない.したがって,宇宙というものを,科学の根底に立ち返って考えてみようとするかぎり,この書物を避けては通れないと言ってよいのではないか.このようなかんがえから,改めて,この書物の内容と,その意味合いを取り上げてみたいのである.

さて,題名は,日本語にすれば,「膨張する宇宙」ということになる.著者はアーサー・S. エディントン卿.20世紀で,もっとも傑出した科学者の一人と言ってよいであろう.エディントンはいくつかの,いわゆる専門書を書いている.あまり数式を使わずに,科学にある程度の関心を持つ読者を対象に書いた本は,いくつかあるが,ある程度詳しく書かれているのは,これ一点である.著者は天文学者ではあるが,書かれた専門書は数式にあふれていて,少しばかり天文学を勉強しただけでは,到底読みこなすことはできない.そのような科学者はどのような環境のもとで生まれ,そしてどのような宇宙観をもっていたのかを,この本をてがかりとして,見てみよう.

エディントンは,クラウザーの伝記によれば,1882年,英国のケンダルに生まれた.幼少時に父親を無くし,母親の手でクェーカー教徒としれ育てられた.マンチェスターのオウエンス・カレッジに入学し,数学者の H. ラムの指導を受ける.このカレッジは,大学レベルのものではなかったのではないかと思われる.パブリックスクールとして有名なイートン校も,英国では Eton College とよばれているので,大学に進学するまえの学校であったと思われる.家庭は裕福ではなかったらしいが,奨学金を得て,ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学して,数学を専攻した.日本では,このカレッジと大学の関係が良く理解されていないのだが,少し説明すると,ケンブリッジには現在では約30 のカレッジがあり,学部学生は,このカレッジのいずれかに入学すると,自動的にケンブリッジ大学の学生となり,大学での講義に出席して,勉強する.エディントンは数学を専攻した.ただし,ここでも説明が必要で,英国での数学は,大陸ヨーロッパ,とくにフランスでいうところの数学とは異なり,理論的な分野は総て数学と称される.ようするに学生として数学を勉強して,大学院レベルではじめて,別々の分野,たとえば,理論物理とか,気象学とか,流体力学とか,理論天文学に進む.

19世紀の後半から20世紀の前半にかけては,いかにいい成績で卒業するかが競われていた.試験で最高点を取ったものは,シニアーラングラーと呼ばれ,その栄光は一生ついてまわるのである.20世紀初期に書かれた数学の名著に Whittaker & Watson の“Modern Analysis”と,同じく Whittaker の書いた“AnalyticalDynamics”(解析力学)があるが,これらの本の章の終わりにはケンブリッジ大学で出題された数学の問題が,数多く集められている.それらは,出典として,Mathematical Tripos と記されているが,Tripos(トライポス)とは,優等生コース(専門家養成コース)の試験を意味する.エディントンはこの試験で最高点を取り,1904年に,シニアーラングラーの地位を獲得した.彼が,数学を自由に使いこなす能力は,こうして身についたのではと,想像される.

卒業後,グリニッジ天文台の首席助手として採用され,これがかれの天文学に進むきっかけとなった.ここでは,主として恒星系の力学(星々の集団としての運動を研究する分野)の研究に従事した.

1913年,ケンブリッジ大学で,プルミアン天文学の教授の地位が空席となった.月の潮汐作用論で有名な G. ダーウイン卿が死亡したのである.エディントンはその後任に選ばれた.ここでは,まず相対性理論の検証にかかわる遠征を指揮し,同時に相対性の数学理論と題する本を出版した.しかし,もっとも高く評価されるのは,1926年に出版した「星の内部構造論」である.エディントンの最大の功績は,すでに知られていた量子論をもとに,電離した気体と放射の相互作用の関係などをも,うまく使って,太陽のような星の内部では,気体の圧力よりも,電磁放射の圧力の方がはるかに大きいことをしめしたこと,そしてそのことをもちいて,星の内部がどういう構造になっているか,温度や圧力はどれくらいの大きさであるかを,導いたことにある.また,ケフェイド型変光星と呼ばれる星の変光周期と明るさの関係を理論的にも説明した.当時,星のエネルギーの源は,原子核の融合であろうとは推察されていたが,具体的な原子核の融合反応は知られていなかった.しかし,それをつかわずに,星の質量と半径から,明るさ(放出されるエネルギーの量),中心部での温度などをみちびいたのである.その値は約1000万度(絶対温度).これにたいして,周囲にいた原子核物理学者ら(原子核を発見した E.ラザフォードを含む)は,それでは,核融合反応がおこるには,低すぎると批判したといわれるが,エディントンは,「それでは,もっと熱い場所を見つけるが良い」とこたえたといわれる.いわゆる CNO サイクルと呼ばれる反応は,この程度の温度で起こることがのちに H. ベーテによって示され,エディントンは間違っていなかったのである.他方水素からヘリウムができるのは,いわゆるビッグバンの瞬間であることが,後に判明した.

さて,本の内容について,説明をしてみよう.まず第一章は,銀河の後退と題されている.そこではまず約1千億個の(1011個の)星々からできていることの説明がなされたあと,それら銀河が約1千億で宇宙が成り立っていると説明される.遠くにある銀河までの距離は,どうしてはかるのか.ケフェイド型変光星がみつかると,それ自身のもつ明るさが,変光の周期から求められ,それの見かけの明るさ(測定に使われる乾板に届く光の量)から距離が導かれることが説明される.ハッブル,スライファー,フマソンなどの研究から,これらの銀河から来る光に,赤方への変位が認められることが,写真で示される.これは,地上で知られている現象をもとに,ドップラー効果として理解される.すなわち,銀河は我々から遠ざかっているのである.しかも,暗い(遠くにある)銀河ほど,遠ざかる速度は大きい.これがハッブルの法則と呼ばれるものである.エディントンがこの本を著した当時,われわれの銀河から 100万光年より遠くにある銀河80のうち,ひとつとして例外(ちかづきつつあるもの)がないことが語られる.このドップラー効果以外の解釈もありうるが,それは正しいとは思えないとコメントしている.

ここで,アインシュタインの一般相対性理論が取り上げられる.宇宙のように巨大な対象を扱える物理理論はこれしかない.エディントンは,この理論が予知する星の重力による光の曲がりを自ら観測するために,西アフリカのプリンシペー島にまで赴いて,相対論を確かめていた.彼は一般相対論が,宇宙の挙動を説明するための科学的理論であることに,早くからきづいていた.したがって,この本のなかで,そのことに触れているのは,当然のことと言えよう.このことに関して,面白いエピソードが伝えられている(S. Chandrasekhar 1985).一般相対論は難解で,世界広しといえども,それを理解できるのは,3人だけと言われていたことがある.これについて,シルバースタイン(「宇宙の大きさ」と題する本の著者)がエディントンに,それは誰でしょうかね,と訪ねた.彼はしばらく思案して,いや3番目はだれかなと,考えていたんですよ,と答えたという.アインシュタインは一番目,エディントンが二番目という意味らしい.ここにも,かれの自負のほどが,うかがいしれる.

ここで,少しばかり数学的なことに触れねばならない.アインシュタインの方程式は Gμν = 0 と表される.これは宇宙項と呼ばれるものがないもので,最初の彼がみちびいたものである.しかし,この式を解くと,膨張や収縮する宇宙に対応する数学的解はえられるが,膨張しない静的な解は得られない.というのも,この式によれば,物質のあいだには,ニュートンの引力に相当するものしか作用しないのである.それでアインシュタインは,この式を変更して,宇宙項を加えた.これが,Gμν = λgμν である.λ は定数で,もし正であると,物質には距離に比例した斥力が働く.どこからの距離か?.観測者がいる場所からの距離にである.この章では,この項について,いくつかの説明がさらに付け加えられる.なお,以後の宇宙論の進展をみると,この項がかえり見られないことが相当期間続いた.それについては,最後に触れたく思う.ここで,大切なことに触れておきたい.それは,もとの式 Gμν = 0 には,物理定数として万有引力定数が入っているのみなので,その式は何のあいまいさもふくんでいない.しかし,宇宙項の定数λは言わば,つじつまを合わせるために導入されたもので,その大きさについては,確固とした観測による基礎は当時はなかった.このことを,まず押さえておきたい.

第二章は球状空間と題される.一部の科学者は,曲がった空間など考える必要はないと主張することに反論し,ここでは,まず曲がっている空間というものが,実在性のあるものだとの説明がなされる.例をあげれば,チェアリングクロス駅の周りの1マイル四方の面積と2マイル四方の面積の比は4である.しかし,4000マイルを超えるようなところでは,この関係は成り立たない.地球の表面が曲がっているからである.これは,地球表面の曲率がゼロと異なるからによる.空間についても,おなじだとエディントンは言う.そして,空間の曲率というのは,仕事,エネルギー(物理学での概念)や確率とおなじような概念だと説明する.ただし,あまり深く考える必要はない.磁力線のようなものだと考えればよい.それは目には見えないが,それを測定する方法はある.たとえば,光の進む方向を観測するということでも,それは測定できる.空間の曲率というのも,そのようなものである.そして,閉じた空間というものもありうることを説明する.それは,たとえば泡の表面のようなもので,大きさが一定の大きさの場合,ある方向にすすむと,いずれもと居た場所にもどることになる.

さらに,空間の膨張についても説明をくわえている.理論的には,銀河の後退は,空間が膨張していることによると,理解される.たとえば,泡の表面に,多くの点があるとしよう.泡の半径が大きくなれば,表面積が大きくなる.これは空間の膨張に対応する.しかし同時に点と点の間の距離も大きくなり,そこに運動が生じる.したがって,銀河と銀河の間の距離が大きくなるという(実際に観測される)運動と,空間が膨張することとは,同じことなのだと説明する.そしてエディントンは現実の空間は,このように閉じたものではないかと考える.ただし,そのように考えるのは,それほど確かな根拠のあるものでもないと言う.この前提にたって,アインシュタインの式からみちびかれるいくつかの宇宙モデルが取り上げられる.ド・ジッター宇宙,アインシュタイン宇宙,ルメートル宇宙について,簡単な説明が加えられるが,エディントンがとくに関心をしめし,具体的に数字を入れてとりあげたのは,アインシュタイン宇宙である.

この宇宙モデルでは,最初は静的な状態にある.物質による引力と,宇宙項にもとづく斥力がつりあっている.エディントンがこれにとくに関心をしめすのは,審美的好みにもとづくという.すなわち,初期として,あまりに激しい状態(たとえば,ビッグバン)を仮定するのは,自分の好みではないというのである.これは,当時としては,いたしかたのないことかも知れない.それでは,どうして宇宙は膨張することになるのか?.それは,宇宙のなかに,かたまり(星々や銀河)が出来始めるからだとする.仮に少し膨張がおこれば,物質密度は減り,宇宙項による斥力はそのままなので,斥力が支配的となり,膨張がすすんでいく.しかし,逆に収縮にも転ずることが可能である.しかし,もともとつりあっていた状態が,内部に不規則な乱れができたとして,それが膨張か収縮に転ずるのだろうか?.これはきわめて微妙で,複雑な計算をして,初めて結果が得られる.宇宙は膨張に転ずるのだとする結論が紹介されている.

第三章は,宇宙の諸相と題して,ニ章で与えられたモデルについて,さらに詳しい説明があたえられる.そして,具体的数字がしめされる.膨張の速度(ハッブル定数と呼ばれるもの),膨張を開始するまえの宇宙の半径,宇宙の全質量,宇宙に存在する電子と陽子の総数,初期の平均物質密度と宇宙定数である.

さらに,この宇宙について,説明が与えられる.たとえば,閉じた空間からなるアインシュタイン宇宙では,ある銀河から光がでるとすると,宇宙の膨張速度が光の速度よりもおそければ,それはもとの点に戻ってくる.したがって,はなれたところからは,もとの銀河のある方向に出た光と,逆方向に出た光(後ろからみた亡霊)も見ることができるはずである.また,膨張というものの持つ意味合いについても,説明が与えられる.膨張といのは,所詮は相対的なものだから,銀河間の空間が膨張し,同時にメートル原器も膨張すれば,ただ数字を読み変えているだけになってしまう.メートル原器は膨張しているのか?.そうではない.銀河間の空間の曲率と,地上でのそれとは何桁もことなる.したがって,地球も,メートル原器も膨張はしていない,と説明する.

宇宙を泡の表面のようなものとしよう.膨張開始からすこし時間が経過したときには,表面の膨張速度は小さいから,ある点から出発した光は,たとえば,正反対の点に到達できる.しかし,時間が経過して,表面の膨張速度がおおきくなると,いつまでたっても,反対の点に到達できない.ようするに,宇宙には光が到達できない領域ができてくる.

最後の(第四)章は宇宙と原子と題される.この章で,著者がもっとも主張したいことが書かれており,ある意味では読み応えがあるといえよう.エディントンは,ミクロの世界である原子,原子核などと,銀河,さらには宇宙の膨張とその規模が,まったく無関係であるとは,信じられなかった.それらのあいだには,なんらかの関係があるはずだとの前提に立って,極大の世界と極微の世界との関係をみちびこうと試み,それはかれの晩年の執念のようなものにすらなっていた.

基本的には,それはミクロの世界を支配する量子力学と,宇宙を支配する法則との統一である.これは,非常に野心的なこころみだが,その手がかりとして,大きさの基準の検討から始める.大きいとか,小さいとかいうのは,いったいなにを基準としてなのか.人間の大きさや,地球の大きさが基準にならないことはあきらかである.エディントンは,自分が数年前に,「宇宙のある地点における1メートルは,その地点における時空の曲率半径の(λ/3)1/2倍であることをしめした」とのべる.ただし,λは宇宙定数である.よって,λさえもとめれば,それはその地点での,曲率半径をしることになる.かれの言葉をそのままかけば,「すべての測定においては,長さや距離をその地点での,宇宙曲率にたいする比率をもとめていることになる.重力の法則をうけいれれば,これ(この論述命題)は仮説ではない.その法則を記号から言葉に翻訳したものに過ぎない」.とすれば,原子や電子の記述に用いられるべき長さの単位は宇宙の半径 R でなければならない.ところで,相対論で,加算可能なただひとつの量は 1/R2であるから,宇宙に N 個の電子があることを考慮すれば,長さの単位としては,R/N1/2とするのが妥当だろう.他方,電子の半径とされるものは,e を電子の電荷,m を質量,c を光速とすれば,e2/mc2である.これら二つの量を等しくおけば,

R/N1/2=e2/mc2
という式が,π(円周率)などの係数を別にすれば,導かれることになる.同じような類推によって,陽子の質量を含んだ式も導かれる.さらに,原子物理学では,微細構造定数とよばれる量(= hc/(2πe2),h はプランク定数)が重要な役割をはたすが,彼はこれが 137 であることを導く.実際に測定される値はこれとは少し異なるが,エディントンは正しくは 137 であるべきだと述べる.また陽子と電子の質量が解として得られる2次方程式をもみちびいている.こうしてエディントンは,ミクロの世界で重要な役割を果たす量を,マクロの世界の量から導くのである.

この書が出版されてから,いろいろと大きな進展があった.それらをあげれば,まずハッブル定数が大きく改定されたこと,宇宙はビッグバンから始まったことを示す証拠(絶対温度3度の宇宙背景放射),宇宙には大量の暗黒物質が存在すること,ブラックホールが存在すること,宇宙は有限の大きさを持たず,無限に広がっているらしいこと,などが判明してきた.したがってエディントンが第二章で取り上げた宇宙の進化モデルは,今では受け入れられない.またかなり長い期間,宇宙定数はゼロと考えられてきたが,最近では宇宙の膨張そのものが加速していると解釈される観測結果がえられており,その解釈が正しければ,宇宙定数は正の値を持つこととなる.

いうまでもなく,この著書で彼がもっとも主張したかったことは,第四章で展開している理論に違いない.ミクロの世界におけるいくつかの物理量の大きさが,単なる偶然なのか,それとも必然的にそうなっているのかという,自然世界のもっとも根本的な問題に,焦点をしぼって,独自の理論を展開しているのである.

この著書が学界に与えた影響は,いかがなものであったのだろうか.まず電子の理論(波動方程式)を特殊相対論との融合に成功したことで著名な P. A. M. Dirac(ディラック)は,宇宙膨張から導かれる大きな数と,原子世界の小さな数のあいだには,ある単純な関係式が成り立たねばならないという大数仮説を提唱した.この仮説では,万有引力定数の G が宇宙年齢とともに,減少するはずという結果がみちびかれ,観測面から検討されたが,否定的結果がもたらされている.エディントンは本書のあとに,さらに根本理論(Fundamental Theory)と題する本を出版し,本書の考えをさらに展開した.ただし,学界のおおかたのうけとめかたは,それを無駄な努力とみなしている.そして,最近の流れは,これらの物理定数に別の解釈をほどこしている.それは,人間中心原理(anthropic principle)と訳されている考えである.物理定数が異なるいろんな宇宙を想像することはできる.しかし,そこでは実は人間のような生物は進化して,存在しえないだろうというのである.たとえば,重力定数が実際の値よりも,ずっと大きかったとしよう.太陽の進化は,うんとはやくなり,燃え尽きてしまって,生物が惑星上で進化する時間だけ存在し得ないだろう.たとえ方程式の形はおなじでも,そこに現れる物理定数が大きく異なれば,生物は進化することができず,宇宙の存在を認識するような高等生物は存在できないのである.このような見地から宇宙を見直した書物のひとつに,「宇宙を支配する6つの数」がある.エディントンの書物は,このような考えを生むきっかけを作ったという意味で,きわめて重要である.しかし,人間原理は,本当に,宇宙の現在あるすがたの説明をあたえているのだろうか?.科学としての本筋はやはりエディントンがもとめた極大と極微の世界を結ぶ論理的というか,物理法則にもとづく結びつきを導くことなのではなかろうか.いろいろと考えさせられる.

なお,本書は1987年に再版されているが,そこには故ウィリアム・マックリー卿による解説がくわえられている.エディントンのモデルでは,宇宙半径が5倍に膨張したとあるが,これは現在のモデルでは,銀河形成の時期からの膨張の割合にほぼ等しいこと,エディントンの宇宙モデルが,現在受け入れられているものに改定するには,そのモデルにあらわれるいくつかの量を,ある因子 K(無時元数)を含める形で表し,それに 3 を代入すればよいことをマックリーはしめしている.したがって,K=3 を代入するということが,理論的に(観測データによらずに)みちびかれれば,それはエディントンの主張が正当化されたことになるのだが,とマクリーは述べていることに触れておきたい.

  • Chandrasekhar, S. 1985, The most distinguished astrophysicist of his time, Cambridge University Press.
  • Eddington, A. S. 1924, The Mathematical Theory of Relativity, Cambridge University Press.
  • Eddington, A. S. 1926, The Internal Constitution of the Stars, Cambridge University Press.
  • リース, M. 2001, 宇宙を支配する6つの数, 草思社
  • クラウザー, J. G. 1957, 20世紀の科学者, みすず書房