Sisters of Sinai

Janet Soskice
(Vintage Books)


評者:藪下信


世界には三つの大きな宗教がある.教徒(あるいはその文化圏に属する人間と言うほうが適当かもしれないが)の数はキリスト教が約20億人,イスラム教徒は12億人,仏教徒の数は5億人とされる.これらのほかにはヒンズー教,ユダヤ教など,いろんな宗教がある.一部の宗教を除けば,必ず経典(あるいは聖典)というものがあり,其の中に宗教の教義が書かれている.

ここに取り上げる書物は,キリスト教にかんするものであり,其の聖典とされる新約聖書にまつわるものである.イスラム教の聖典はコーランであり,仏教の経典はいくつかあるが,日本に住むものにとっては法事や葬儀においておなじみのものである.

題名はそのまま訳せば,シナイの姉妹ということになるが,本書の内容を知れば,それはシナイ半島で活躍した二人の姉妹,とでもすべきものを,短くしたものであることが分かる.シナイ半島はアラビア半島とアフリカ大陸の間の三角形をした半島で,大部分は砂漠である.名前そのものはたとえば映画「アラビアのロレンス」などでもおなじみであるし,第二次大戦後に行われた中東戦争のうち,いくつかはここを舞台に戦われた.

さてこの二姉妹はシナイ半島を舞台としてどういう活躍をしたのだろうか.時は19世紀後半,双子の姉妹アグネス(Agnes)とマーガレット(Margaret)はスコットランドの富裕なスミス家(父親はJohn Smith)の家族としてうまれ,当時の女性としては高い教育をうける.とはいえ,当時女性は大学に進学することはゆるされず,地方の私立の学校に送られる.この姉妹は語学の才能にめぐまれ,フランス語,ドイツ語,イタリア語は勿論のこと,ギリシャ語をも習得してしまう.

この姉妹がいまだに独立する(ということは当時としては結婚すること意外にあまり選択肢はなかったようだが)まえに裕福な父親は他界し,其の財産を二人は相続することになる.

当時,今で言えば富裕層にぞくする多くの英国人は,海外に豪華な旅行をしたりするのがつねで,この二人も例外ではなかった.当時の流行にしたがって,豪華な船でナイル川をさかのぼり,各地で古代エジプトの神殿などをたずねあるき,中東地方の偉大な歴史遺産に強い関心を持つようになる.しかし,語学に才能のあったこと,幼時から敬虔で厳格なキリスト教徒として育ったことがこの姉妹の運命を大きく変えてしまうことになる.

ここで少しばかりキリスト教の聖典である新約聖書についてふれねばならない.ヨーロッパで読まれているものは,それぞれの国語でかかれているが,原典はギリシャ語のものが,それぞれに翻訳されている.たとえばドイツ語のものは,宗教改革家のマルテイン・ルッターが翻訳し,それが当時発明された印刷術によって,広くドイツ語圏にひろまったものであることは良くしられている.他方,英国の教会で用いられていたものは,欽定ジェームズ訳であり,之が最も原典に近いものとされてきた.しかし,18世紀ではすでに宗教誕生から1800年を経過し,かりに原典の成立が1世紀後半か2世紀前半であったとしても,1700年近い年月を経過している.この間,印刷術が発明されるまでは,筆写によって伝えられてきたわけで,筆写の際の誤り,あるいは意識的な改ざんがなかったといえるのだろうか.そうすると18世紀の版が,元の文書に本当に近いものか否かは誰しもが疑問に思うのはむりもない.それだけでない.すでにダーウインの進化論も発表されており,科学の力は大衆を宗教から遠ざけつつあり,当時の宗教家たちは聖典の正当性が揺らぐことに重大な危機感をいだいていた.

ここにシナイ半島が登場する.この半島には,聖カテリーナ修道院と呼ばれる世界最古の修道院があり,現在では多くの観光客が訪れるという.この修道院は6世紀の建立で,砂漠のなかにあり,そのため最近にいたるまでは,ここに旅することは生命を危険にさらす可能性のある大変な冒険であった.ドイツのフォン・テイッシェンドルフは冒険学者と呼ばれるべき人物で,この修道院でギリシャ語でかかれた新約聖書を発見するが,之はそれまで知られていたどれよりも600年はふるいとされている.この発見により,テイッシェンドルフはロシア皇帝から叙勲を受け,ケンブリッジとオックスフォードの両大学から名誉博士の称号を受け,更にローマ法王からも感謝状を受けた.またクエーカー教徒のハリス・レンデル博士は,すでに失われていたと思はれていた他の貴重な文書がこの修道院に保存されていることをみつけていた.

こういう事情に強い関心をもった姉妹は,自分たちでこの修道院に赴き,そこの古文書館で保存されている聖書の文献の完全なコピーを手に入れてようと決断する.ところで,ここに保存されている聖書のうちでもより古いものはシリア語で書かれていることがすでにたずねた学者の証言からしられており,まずこれを習得しなければならない.それだけでない.カテリーナ修道院の修道僧らは現代ギリシャ語を話している.彼らに自分らの目的を理解してもらい,さらに修道層らとコミュニケーションを行うには,この言葉も習得しなければならない.語学に秀でた姉妹のうちマーガレットはこれらの言葉をも身につけることができた.ここで大きな役割を果たすのが,ようやく実用化され始めていた写真術である.この姉妹はこの技術をもみにつけ,万全の体制でシナイ半島へと赴く.

いろいろな事情から,姉妹らは一生のうちに数回にわたり,シナイ半島および中近東に赴くことになる.それだけでない.カイロの古いシナゴーグ(ユダヤ教の礼拝堂)をたずねた折に見出した古文書もきわめて高い価値のあるものであることが帰国後,すでに懇意にしていたケンブリッジ大学の専門家らの指摘であきらかになり,彼らを伴って再びカイロに赴く.ここでシナゴーグのラビの許可を得てそれらを英国にもちかえる.これは現在ゲニザ(GENIZA)文書として同大学の図書館に保存され研究資料として用いられている.

これらの貴重な古文書を探し出し,それの複写を手にいれ,発表するというきわめて重要な活動の記録が細かくこの本に取り上げられている.それとともに,この二人の姉妹が結婚することになる二人の男性とどのように知り合うことになるのか,そのラブロマンスがいかにも英国風に描かれている.実はこの二人の男性のうち一人はケンブリッジ大学でキリスト教史を研究する立場にあり,結婚がそのまま冒険につながったという幸運にめぐり合うことになる.二人の姉妹は,これ以外にも大きな業績を残した.それはウエストミンスター カッレジ(Westminster College)という聖職者養成機関の移転についてである.この機関はもともとロンドンにあったが,この二人の姉妹の援助と情熱で,ケンブリッジ に移転することとなった.彼女らの情熱と冒険の結果得られた文書は整理され注釈をつけられてつぎつぎと,出版されることとなり,学者としての高い評価をえることとなる

姉妹のこのような活躍について書けるのは,聖典としての聖書の歴史に通じているだけでなく,姉妹の私生活について詳細に調査しうる立場のものだけだろう.著者のソスキース(Soskice)はカナダ出身で,現在ケンブリッジ大学で宗教哲学の教授のポストにあり,いろいろと貴重な文献を豊富に入手しうる立場にあるので,このような本を書くことができたのだろうと思える.18世紀後半の英国社会のある側面をも精しく描き出しており,読み物として非常に面白い.其の中には,大学で正式の卒業資格を与えられなかった女性に,その資格を認めるかどうかという大学を挙げての騒動も取り上げられている.

最後に強く感じることを付記しておきたい.表面的な歴史教科書によれば,英国は18世紀から19世紀前半に産業革命を他の国に先駆けて成功し,其のことと海外に広大な植民地を得て,世界一の帝国をきづきあげたとある.しかし,他方においてはこの姉妹のような,経済的あるいは政治的成功とは無関係な活動もいろいろと行われていたことが忘れられがちである.大著「ローマ帝国衰亡史」の著者のE.ギボンも大学に所属する職業歴史家でもないし,哲学史を書いた業績によってノーベル文学賞を受けた哲学者のB.ラッセルも一時期を除いては大学に所属していなかった.物質的成功とは関係なくとも,真理を追い求めるという強い探究心が其処にはあったのである.おそらくこのような国民性のゆえに,現在でもアメリカについで,多数のノーベル賞受賞者(2010年の統計では116名)を輩出することにつながっているのだろう.

ところで,この姉妹とWestminster Collegeの関係は以下のサイトで見ることができることを付け加えておきたい.

http://www.westminster.cam.ac.uk/index.php/two-remarkable-women