The Global Debt Trap

Claus Vogt & Roland Leuschel
(John Wiley & Sons)


評者:藪下信


最近 新聞,テレビ報道,雑誌,さらに書店で並んでいる単行本をみると,いわゆる金融危機を取り上げているものが多いことにおどろかされる,さらに我が国においても,財政再建という言葉を政治家の口から聞かない日はない.まさに世界中が,この問題に振り回されているという感がする.しかし,いわゆるリーマン危機がおこるまでは,このようなことはなかった.なるほど,アメリカではいわゆるサブプライムの住宅価格の低下が,大きな問題になりつつあるという報道はあったものの,いまのように世界的な大問題になるとは想定されていなかった.

それでは,今の問題,すなわち世界が直面する金融危機は,突然ふってわいてでてきたことなのか,それともある必然の法則で起こったことなのか,さらにはそれを予告した経済学者はいたのかということが,問われる.

ここに取り上げた本(世界をおおう借金の罠)の著者らは,大学に籍を置く経済学者ではない.現実の世界で,年金運用などを手掛ける投資の担当者である.しかし,彼らはすでに早くから今回のような事態が起こることを予告し,そのことを書物として出版していた.経済学会の主流の学者らが何の警告も出すことなく,ただ茫然と事態の成り行きを見守るしかしなかったのと大きく異なる.

それではなぜ著者らはこのような事態のおこることを予告することができたのか,そしていったい今後何が起こると彼らは予想しているのか,これがこの本の主題である.

この本の出版に先立って,著者らは‘Das Greenspan Dossier’と題する書物(ドイツ語)を2006年に出版していた.書名に表れるグリーンスパンとはアメリカ中央銀行FRBの前の総裁であり,著者らによれば,‘彼はあくなき金融緩和によって巨大なバブルを醸成していること,このバブルは破裂する運命にあること,そしてそれは株式市場の崩壊の危険をはらんでいるだけでなく,アメリカの(住宅)ローンの貸出機関さらには全金融機関全体を混乱にみちびくだろう’と警告していたのである.しかもグリーンスパンの後継者として中央銀行の総裁となったバーナンキ(Bernanke)もグリーンスパンの緩和金融政策を継承し続けた,その結果不幸にも著者ら二人のこの予想は的中してしまった.

問題は,この予想がどういう理論的根拠にもとづいてなされ,しかも経済学の主流派であるケインズ学派からは何の警告もだされなかったということだろう.著者らはここで普段は聞きなれない経済学のオーストリア学派の理論に注目する.オーストリア学派は,ドイツ,オーストリア,ハンガリーが第一次大戦後に猛烈なインフレーションにみまわれ,結果的に経済システムが崩壊してしまったことの反省から,オーストリアの フォン・ミセース(von Mises)が提唱した経済理論である.この本の中で著者らはオーストリア理論とケインズ理論を対比させながら,なぜアメリカの金融システムが大きく崩壊したかを説明する.そしてオーストリア理論によれば,アメリカ中央銀行がとった超金融緩和はバブルを生むことは必至であり,バブルは必ずはじけるのも必然の論理であることを解説している.彼らによれば,‘2008年の銀行危機,それに続く2010年の国債危機は市場機能がはたらかなかったのではなく,金融政策の巨大な失敗の結果なのである’.

現在においては,先進国のほとんどが多額の借金で思うように政策が行えなくなりつつあり,我が国といえども例外ではない.その結果,それらの国々は,さらに借金を積み上げ(国債を増発し),国家が陥った苦境をさらに借金をすることによって解決しようとしているとして警告をだす.

いったんこのような事態に陥ってしまえば,残念ながらオーストリア学派といえども,苦痛をともなわない解決策を提示することはできない.彼らによれば,政府も,そして中央銀行も介入すべきでない.なぜならば,介入はあるべき経済の姿をゆがめ,かえって解決されるべき問題をおおきくしてしまう.政府の介入そして国家が借金を借金で賄おうとすることの結果は,通貨の増発でしかない.それは必然的にハイパーインフレーションをもたらすだろうと彼らは予告する.そのハイパーインフレはどのようなものであるかを,ドイツにおける過去の苦い経験に照らして説明するとともに,それにはどのように個人は対処するべきかをも示している.かりにハイパーインフレが現実のものとなれば,それは大きな社会的混乱を招くことは必然の結果だろう.

この本は昨年の秋に出版されていたが,内容はきわめてショッキングなものでり,直ちにその価値を判断できなかったが,今やその予想は的中しつつあり,書評として取り上げるのが適当とかんがえるにいたった.

この本の著者らだけでなく,少数ながら金融危機を予告したエコノミストらの書物がいまや出版されつつあり,取り上げるメデイアも次第にふえつつある.彼らはすべて少数派であって,主流のケインズ論者らとは距離を置いている.別の言い方をすれば,彼らは主流派からは異端視されてきたのである.しかし,主流派も謙虚になってかれらの声に耳を傾けるべきではなかろうか.

なお,オーストリア理論のあらましは,以下のサイトで聞くことができることを付け加えておきたい.
http://www.youtube.com/watch?v=6e_8H7E3cTo