『醒世姻縁伝』校点後記(zhai冰)
『醒世姻縁伝』は、原名『悪姻縁』で、二世の因縁果報の物語を描写している。東嶺学道人は「昭鑑の戒」とし、読者に「巻を開けば便ち醒める」、「遂に悪念を生じさせず、衆善く奉行せよ」、『醒世姻縁伝』と改名する。
本書の作者は、現在伝わる各版本に等しく「西周生輯著。然黎子校定」とする。西周生とは一体だれなのか?半世紀にわたり、学者達は多くの考証を行ってきた。
30年代初め、胡適、孫楷第等はzi川の蒲松齢だと考えたが、学界では疑問に思う声や賛同の声に分かれた。近くでは、諸州の丁耀亢、または賈鳧西だとする者もいる。ただ、ともに確証に欠け、定説に到ってはいない。
然黎子という人も考証ができていない。また、本書の序、跋、評をなした環碧主人、東嶺学道人、葛受之などに到っては、生涯の事跡も全て今後の研究に待たねばならない。
本書の流布は比較的広範囲に広まった。これは、東嶺学道人がその「跋」の中で「此書伝自武林,取正白下」と言っているが、最も早く杭州、南京から伝わったようである。ただ、跋の言葉が不詳で、この形跡は探し当てにくい状態に置かれている。
また、作者の下にある「輯著」の二字から見て、成書の前既に存在した若干の物語の断片或いは異なった伝説を西周生の手によって創作されて成ったもののようである。
この成書年代は清朝初葉とされねばならない。本書の中で登場する秦良玉、李粋然はいずれも明代崇禎時代の人である。後者は清代になっても官吏になっているので、物語に入れるには没後であらねばならない。
現在、『醒世姻縁伝』の最も古い版本は、孫楷第の『中国通俗小説書目』に、
「日本・享保13然(清・雍正6年)『舶載書目』に既に見える。それに、記されている序、跋、凡例は、現在通行する本と全く同一である。即ち、書の刊行は遅くとも雍正6年以前である」
とする。この版本は現在既に目にすることはできない。現存する各版本は、いずれも環碧主人が題する「弁言」の筆跡の複写がある。その末尾に「戊子」とサインするものと、「辛丑」とサインするものがある。年代が異なるものの、筆跡は同一であり、どちらが原跡でどちらが改竄かは判断できない。
現存する最も古い版本は、天津図書館蔵の本で、その「弁言」には「戊子」とする。これは乾隆33年(1768年)序の刊行本である。
「首都図書館所蔵同徳堂本」は同治年間の刊行本である。ほどなく、同治庚午9年(1870年)に覆刻本が出た。それは、「懐徳堂本」及び巷間の翻刻本である。
光緒24年(1898年)「上海書局鉛印本」が刊行、また、民国年間に「上海受古書店の石印本」が出た。
民国22年(1933年)1月、「上海亜東図書館重新校点排印本」が出版された。これは、汪乃剛校点、徐志摩序、そして巻末に胡適の詳細な考証を付す。
斉魯書社は、現存する最も完全な「首都図書館所蔵同徳堂本」を底本とし、同治翻刻本及び亜東図書館排印本を参照した。そして、書中の内証の運用は既に刊行されている各版本の校勘による成果を参考にし、全文を校点し出版した。原書本来の姿の再現は、中国小説史、文学史の研究のために信頼のおける資料を提供し、多くの読者に完全な読本として貢献するだろう。
『醒世姻縁伝』の言語は流れるように、生き生きと簡潔で使いこなされた山東省中部の方言で、よくその神髄を伝えている。
用いられている文字は、当時現地の方言俗字を大量に採用、また、巷間の刻工たちの筆画省略字も存在する。
この度の校勘は、誤謬を正し、統一を求め、また、その言語文字の時代的な姿、地方の特色を保存する意図があった。それは、多くの読者に閲読して戴くのに至便で、また、言語文字の研究者に信頼のおける歴史的資料を提供するためでもある。
基本的な方法は以下の通り:
一、 本文中通用している仮借字は元の姿を保存し、修正を加えていない。例えば、"現"を"見"。"急"を"極"。"給"を"己"等。
(他、略)
二、 仮借字、異体字、俗字と規範化字の混用は、次の4種の方法で処理する。
@ 規範化字があるものは、それに統一する。(例は略)
A 規範化字がないものは、使用頻度の比較的高い読音が同じか、または近い字を用いた。
(例は略)
B 2種類の文字が混用され、両者とも意味がよく通じる場合、修正していない。例えば、"服事、伏侍、服侍""玩、頑"など。(他、略)
C 言語文字で価値のない仮借字、異体字は規範化字に修正した。例えば、"員領→圓領"など。(他、略)
三、 方言俗字の用字は一般に修正していない。例えば、"渾深"(横竪)。"呵水"(呵は喝)など。(他、略)
四、 画数減少字は規範化字に修正する。(例は略)
五、 著名な歴史上の人物、名山大川の名称は規範化字に修正する。例えば、"巨五覇→巨毋覇"。"太山→泰山"。"洋子江→揚子江"。(他、略)
以上の方法は、校点者が方言俗語、地方俗字の作品に対する整理上の一つの試行である。ただ、経験や学力の不足により誤謬粗漏は免れ難く、広く識者の惜しまないご教正を仰ぐ次第である。
Zhai冰
(1992.12)
(植田均訳)
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