中国語T講義

               (中国語を学ぶ人々へ)


植田 均



      0.おことわり 8.無気音と有気音
      1.中国語学習者に要求されるもの 9.母音
      2.初級段階で身につけるべき知識 10.鼻母音
      3.中国語とは 11.子音
      4.ピンイン字母の制定 12.変調
      5.声調 13.軽声
      6.方言 14.儿化音
      7.簡体字   15.声調符号のルール

 
  0.おことわり
経済・経営両学部で、経費節減のため講義特集号は、これまでの形態を大幅に変え、電子ブックなるものにした。これは、私の如き専門分野の教員にとって、現段階では自虐行為である。なぜか?私の文章の肝心な箇所が「文字化けする」からである。学生諸君も含め、多くの方々のパソコンに中国語ソフトがインストールされていないから。
したがって、私がここで用いるのは全て日本の当用漢字であって、中国語ではない。中国語を表現するには、簡体字(中国大陸では正字扱い)、ピンイン、声調符号、方言字等が必要であるが、ここでは、これらが一切、不可能なのである。

1.中国語学習者に要求されるもの
(1)コトバとコトバ の表現に対する関心。
 (2)集中力、忍耐力、頭の切り換え能力。
 (3)声のパーソナリティー、声の調子、声量。
 (4)記憶力、想像力。
 (5)親切心、好奇心。

   2.初級段階で身につけるべき知識
 (1)語学上の基本知識−発音、文法、語彙。
 (2)非言語的知識−風俗、習慣等の中国の伝統的な文化面。
 (3)内容(意思伝達)についての知識。

3.中国語とは
我々が学ぶのは「共通語」、即ち“プートンホァ”(普通話)と称する。北京語でもなければ“國語”でもない。北京語という呼称は北方方言の一つにすぎず、プートンホァ(普通話)ではない。台湾では中国語を“國語”と称し、シンガポールや欧米では“華語”という。
“プートンホァ”(普通話)とは何か。1945年「第一次異体字整理表」「漢字簡化方案草案」を発表する。このとき、漢語規範化会議で3つの方針が打ち出された。これを“プートンホァ”(普通話)というのである。それは「@北京語音を標準音とする。A北方方言を基礎語彙とする。B現代の優れた白話文著作を文法の規範とする」であった。これが現代の“プートンホァ”(普通話=共通語)である。
 実は「共通語」はかなり古い時代から存在していた。そうでなければ、中国統一すら難しい筈だからである。唐、宋、五代には「中原の共通語」といわれる広域にわたって使用される言語が既に形成されていた。そして、元、明、清と約1000年の長きにわたり都を北京に定めたので自ずと北京語の勢力が極めて強くなる。
 明末清初頃から「官話」と呼ばれるようになる( O.E.D.に1589年とある)。官話とは“プートンホァ”(=共通語)の旧称で、西洋人はこれをMandarinと呼んだ。これは、もとポルトガル語で「官吏」の意味を示した。即ち、宣教師が中国大陸へやって来て、中国語のことをMandarinと呼んだのである。
 官話は@北方官話A西北官話B下江官話C西南官話の4つに大別されるが、通常、「官話」と称すれば、北方官話(北京官話)を指すことが多い。

4.ピンイン字母の制定
 1958年、ピンイン字母(中国語式ローマ字)が制定された。これが普通話(プートンホァ)の普及推進に大いに役立つ。それまでは「注音字母」を用いた。
今、ピンイン字母の声母とそれに対応する漢字を挙げる。
│ピンイン│ b p m f d t n l g k h j q x zh ch sh r z c s│
│漢字 │ 玻 坡 摸 佛 得 特 訥 勒 哥 科 喝 基 欺 希 知 蚩 詩 日 資 雌 思│
ピンイン字母は発音記号ではない。これも立派な中国語である。日本語の片仮名や平仮名
のようなもので、表意文字ではなく、印欧語と同様の表音文字である。現在では中国
の小学校からこれを用いて“プートンホァ”(普通話)の教育をしている。

5.声調(高さのアクセント)
中国語(共通語)には、4種類の声調(高さのアクセント)がある。
@第1声(ma ―) 高くて平ら
A第2声(ma /) 急激に上昇
B第3声(ma ∨) 低いまま
C第4声 (ma \) 急激に下降
 自分の普通の声の高さは5段階のうち第3段階である。第1声は高く平らで、長くのばす。第2声は急上昇させる。日本語で「エーッ!」と驚愕の時に発する調子。第3声はV字型の如く延ばすが、実際の会話の中では低く短く発音する。第4声は高い第5段落から急下降する。
 “プートンホァ”(普通話)はこの4種類しか声調がないが、方言では更に多くある。

6.方言
中国語は漢民族が全人口約12億人の約95%を占めるので、漢民族の言語を指して“漢語”という。しかし、“漢語”の中にも各方言間の差が大きい。更に少数民族も50種類以上いて、独自の言語と文字を有する。このような情況下に於て、言語の疎通をうまくゆかせるためには民族共通語、即ち、“プートンホァ”(普通話)が必要となる。
 各方言の声調と方言区点を次に示す。
│ 1)官話系 4声 (北方官話[北京]、下江官話[南京]) │
│ 2)呉語系 6〜7声 [上海、蘇州] │
│ 3)ビン語系(福建語) 6〜7声 (ビン南[アモイ、潮州]、ビン東[福州]) │
│ 4)粤語系 8〜9声 [広州、香港] │
│ 5)湘語系 6声 [長沙] │
│ 6)カン語系 7声 [南昌] │
│ 7)客家語系 6声 [梅県] │
 “我”や“学生”は北京語でも上海語でも広州語でも同じ漢字表記をするが、発音が異なる(但し、ピンイン及び国際音標文字は、文字化けするのでやむなく片仮名で記す)。
│ │漢字│ ピンイン │ 漢字│ ピンイン │
│ 1〉北京語→│我 │ wo │ 学生│ xuesheng │
│ 2〉上海語→│我 │ [ンオ] │ 学生│ [オッサン] │
│ 3〉広州語→│我 │ [ンコオ]│ 学生│ [ホッサン] │
│ 4〉厦門語→│我 │ [クワ] │ 学生│ [ハッシン] │
 ところが、発音はもとより漢字表記も異なる場合が多い。
│ │漢字 │漢字 │漢字 |
│ 1〉北京語→│包子(肉まん)│冰棍儿(アイスキャンディ) │甲魚(スッポン) │
│ 2〉上海語→│饅頭 │棒冰 │脚魚 │
│ 3〉広州語→│包 │雪条 │水魚 │
│ 4〉厦門語→│包仔 │@霜条。A冰条 │鼈 │
 方言は揚子江以南が複雑である。

7.簡体字
 我々が中国語として用いるのは簡体字で、大陸中国ではこれが正字である。今、日本漢字、旧漢字(繁体字)と共に比較してみる。大陸中国以外の例えば、台湾、香港、シンガポールなどでは繁体字を依然として用いている。
│ │例字 │
│簡体字│学;机│
│繁体字│學;機│
│日本語│学;機│
 なぜこのように1つの文字でもいくつかの種類の異体字ができたのか。これには歴史的要因がある。
 秦の始皇帝は初めて全国に郡県制を敷き、各地の異体文字を統一して「篆書」を作る。装飾されたややこしい字体ほど権威をしめすのに効果があった。これは官吏のみが使い、のち、士大夫階級の知的財産となる。
 字体は徐々に直線化、即ち、非装飾化され、楷書は後漢時代から用いられる。三国、六朝に至り、偏、旁について異なった書き方が現れる。所謂、異体字の発生である。唐代では、正字、通用字(手紙及び日用に使用可)、俗字(使用しない方がよい)の3つに区別するようになる(後、清代『康煕辞典』等には正俗字の区別が論じられる)。これは士大夫階級の専有物にしたことを証明する。
 宋元時代になると手工業が発達し、商人や手工業者も漢字を使用するようになる。彼らは正俗構うことなく使用した。また、『水滸』等の通俗読み物の出版には「宋元略字」を使用する。
 清末に至り、文字改革が叫ばれるようになる。この時の漢字革命運動の主役は、漢字の点画を利用した表音文字である。王照は「官話合音字母」を作る。これは日本語の片仮名に倣い、漢字の一部分をとって字母(表音を表す親字)とした。現在でも台湾やシンガポール等で用いられている「注音字母」の制定は辛亥革命後である。
 中華人民共和国誕生後5年たち、中国文字革命委員会が発足し、翌年、「第1次異体字整理表」「漢字簡化方案草案」を発表する。このとき「漢語規範化会議」で3つの方針が打ち出された。これを普通話=共通語という。
 現在の簡体字作成には次の如き方法に依った。
│ 1)宋元時代以後の民間俗字を採用 −−当(當)、几(幾) │
│ 2)民間の略字を採用 −−斗(闘) │
│ 3)新しく会意文字を作成したもの −−宝(寳)、杰(傑) │
│ 4)筆画を大幅に減らしたもの −−郁(鬱) │
│ 5)形成文字の音符を簡易にする −−机(機)、条(條) │
│ 6)草書体を採り入れる −−无(無)、[畄(留)]│
│ 7)簡単な古字を復活させる −−云(雲)、听(聴) │

8.無気音と有気音
 日本語には濁音と清音の区別がある。中国語にも昔は清濁の区別があった。いつからこの区別がなくなったのか。宋、元、明、清の近世中国語の時期である。とりわけ、北方では既に唐末頃から声母の清濁区別がなくなる。即ち、全て清音になった。
 では、どのような区別があるのか。現代中国語には息を強く出す「有気音」と、強く出さない「無気音」とがある。日本語には清音と濁音の区別が依然として残っているが、中国語は基本的に全て清音である。
 有気音と無気音はペアで覚えるのがよい。その対照表を掲げる。
│ 無気音│ b d g j z zh │
│ 有気音│ p t k q c ch │
 ペアで覚えるのが良いが、覚え方に日本語を利用するうまい方法がある。「バ」(b)、「ダ」(d)、「ガ」(g)、「ジ」(j)、「ヂ」(z)など濁音で発音するローマ字を中国ピンイン字母(中国語式ローマ字)に当てはめ、それらを無気音として捉えるのである。
 各々、母音と声調符号(ふつう第一声)を入れて発音する。
│無気音│ bo de ge ji zi zhi │
│有気音│ po te ke qi ci chi │
│         he xi si shi │
│               ri │
具体的な要領を示す。
(1)口の前に便箋1枚を当て、無気音と有気音とを交互に発音する。便宜上、ほとんど第1声で行う。
(2)無気音の場合は、便箋が揺れ動かないが、有気音は大きく揺れ動く。
(3)[p-]は破裂音ゆえに息を溜めておき、一気に出す。
(4)[k-;h-]は摩擦音ゆえに喉を摩擦した音を出す。あたかも喉に何か詰まり、それを強く出そうとする際の音に似る。
(5)[h-;x-;s-;sh-;r-]は、無気音や有気音には関係がない。
(6)[ri]は去声(第4声)で発音練習する。これは、第1声に当てはまる漢字がないからである。
(7)どの母音を添えて練習してもよいが、単母音の稽古になるよう、なるべく異なった単母音を用いて行う。
[そり舌音]
(1)舌をスプーン状にする。
(2)硬口蓋と軟口蓋の境まで舌をそらす。
(3)スプーン状にした舌の先から息を出し、その他の所から息を漏らさない。
(4)そり舌音は[zh-;ch-;sh-;r-]で始まる音である。
[準備運動]
(1)唇:(英語の)〔u:〕〔i:〕の発音を交互に行う。
(2)舌:@丸める。A突き出し、引っ込める。B突き出たまま、左右に回転させる。C軟口蓋につくまで引く。

9.母音
母音は以下に示す通りであるが、日本語の発音とは異なるので注意が必要。更に、同じ母音でも子音や他の母音との組み合わせ等で発音が微妙に異なる
[単母音]
 単母音の一覧表
│ [母音]  [説明] │
│ a: 1.一般的なもの 日本語のアよりも口を大きくあける │
│    2.iとnの間に用いる 日本語のエの音に近い │
│ i: 1.一般的なもの 日本語のイよりも更に横へ伸ばす │
│   2.zh、ch、sh、rの後 そり舌音。唇を横に伸ばさない │
│    3.z、c、sの後 口笛を横に伸ばさない │
│ u :1.一般的なもの 日本語のウよりも唇を丸く突き出す │
│    2.j,q,x,yの後 イとウの融合音。唇を吹くごとく唇をすぼめる │
│ u(ウムラート): 1、nで始まる 同上 │
│ e :1.一般的なもの 曖昧母音。エの唇でオと発音する │
│    2.iの前   日本語のエの音に近い │
│    3.i,uの後    日本語のエの音に近い │
│    4.n, ngの前 日本語のエの音よりも曖昧にする │
│ o: 1.uの後,oのみのとき 日本語のオよりも唇を丸くする │
│   2.aの後,ngの前 オではなく、ウと発音する │
│ er− │
[注]:複合母音i,u,u(ウムラート)は最初に来れば各々yi,wu,yuと表記する。
[複合母音]
  複合母音の組み合わせは以下の種類のみ。
│ ai ao │
│ ia(ya) ie(ye) iao(yao) iou(you/子音+iu) │
│ ua(wa) uo(wo) uai(wai) uei(wei/子音+ui) │
│ ei │
│ ou │
│ ue(yue/子音+ue) │

10.鼻母音
鼻母音とは、[−n]或いは[−ng]で終わる音。
│−n :日本語のヌの音。舌を少し噛むか上あごにつける。唇は閉じない。 │
│ an ; wen ; yin │
│−ng:舌を下あごにつける。普通は口を大きく開けると舌は自然と下あごにつく。 │
│ ang; weng;kang │
│ ただし、[−ong],[−ing]の場合はあまり口を開けない。 │
│ cong;dong;ying │
│ 特に、[−ong]のoは[u]の発音となる。 │
[−n]は「案内」の時の「ン」(ヌ)で、[−ng]は「案外」の「ン」の音に似ている。両方とも唇は閉じない。閉じると[−m]となり、普通話には存在しない音となる。
[−ng]は鼻から息がつき抜ける。

11.子音 子音は以下の通り。主なものを掲げる。実際の発音は例字で行う。
[−ng,y−,w−]は必ずしも子音ではないが、ここの項へ入れた。
無気音と有気音、[−n]と[−ng]の違いなどに注意して発音する。
│ピンイン │ 例字 │
│b │ 巴 │
│p │排 破 │
│m │猛 末 迷 │
│f │佛 分 方 │
│d │打 到 淡 当 │
│t │他 踏 太 替 │
│n │那 南 懦 │
│l │拉 辣 狼 立 │
│c │擦 参 │
│s │酒 桑 色 │
│zh │摘 站 正 │
│ch │挿 吃 冲 │
│sh │上 声 │
│x │喜 下 相 些 │
│g │根 更 │
│k │看 肯 空 │
│h │和 火 │
│‐ng │昴 棒 等 忙 虫 挺 │
│y 1.一般 │眼 叶 因 英 │
│  2.uの前│育 院 月 云 │
│w │玩 王 握 屋 │

12.軽声
4種類の声調に属さないものとして軽声がある。軽声は前の漢字の声調によって微妙に変化する。
│{4種類の組み合わせ} {ピンイン} {軽声の音} │
│ 第一声+軽声 媽媽  =mama  {少し低め} │
│ 第二声+軽声 爺爺  =yeye  {少し低め} │
│ 第三声+軽声 我們   =women {少し高め} │
│ 第四声+軽声 弟弟   =didi  {低いまま} │

13.変調
次に来る語によって前の語(語素)の声調が変化する。これを変調には次の3種類がある。ただし、表記する場合は、変調前のもとの声調で記しても構わない。
@第3声の変調
 (第三声)+(第三声)=(第二声 )+(第三声)
    hen(第三声)+hao(第三声) (很好)
  ji(第三声)+ben(第三声)  (几本)
A“一”の変調
第一,第二,第三声の前に来ると“一”は第四声に変化して発音します。
   例:“一天”(yi+tian);“一排”(yi+pai);“一米”(yi+mi)
 また、第四声の前に来ると“一”は第二声に変化します。
   例:“一共”(yi+gong)
 B“不”の変調
 第四声の前に来ると“不”は第二声に変化します。
  例:不(bu)+是(shi)=bu+shi
 その他の場合は全て元通り第四声で発音します。
例:不好(bu hao)

14.儿化音
 小さいもの、かわいいもの、きれいなもの等に多く用いられます。とりわけ、北京語では顕著です。
  例:鳥儿 niaor ; 花儿 huar ; 包儿  baor
“儿”の直前のi、n,ngは発音しなくなる。
  例:jir  (鶏); danr (単儿) ; dengr (灯儿)

15.声調符号のルール
(1)声調符号は母音(韻母)の上につける。
(2)声調符号は、複母音の場合、[a→e→o→iu]の順につける。
        ui

この場合のみ後ろにつける。

 [文献]
國弘正雄,西山千,金山宣夫,『通訳』,日本放送出版協会,1974年版。
中国語学研究会,『中国語学新辞典』,光生館,1969年。
『新華字典』,商務印書館,1972年版。
中国社会科学院語言研究所詞典編輯室,『現代漢語詞典』(修訂本),商務印書館,1996年。
北京大学中国語言文学系語言学教研室,『漢語方言詞典』(第二版),語文出版社,1995年。
藤堂明保,『中国語概論』,大修館書店,1979年。
陳廷敬,張玉書等,『康熙字典』(1716年完成)。
植田均,『中国滞在実践会話[初級編]』,晃洋書房,1998年。
香坂順一,『中国語学の基礎知識』,光生館,1971年。
倉石武四郎,『漢字の運命』,岩波書店,1952年(1966年改版本)。
袁家華等,『漢語方言概要』,文字改革出版社,1960年。
王力,『中国語文講話』,開明書店,1940年。




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