中国語U
植田 均
*おことわり
0.はじめに
1.中国語に対する私の取り組み方
2.近世中国語とは?
2.1.なぜ、近世中国語をやるのか?
2.2.なぜ、宋代からなのか?
2.3.なぜ、『水滸』なのか?
3.なぜ、方言を学ぶことが必要か?
3.1.現実は方言の世界
3.2.北京語は共通語(標準語)ではないのか?
3.3.「共通語」はいつから存在していたか?
3.4.現代中国の方言政策
3.5.中国の動向を反映する『現代漢語詞典』
4.地味な学問領域
4.1.中国語学習・研究は金が儲からない?!
4.2.教員の地位は極めて低い?!
*おことわり
本稿は「文字化け」を防ぐ為に、原則として全て日本の当用漢字及びJIS規格の記号を用い、中国独特の文字(簡体字、ピンイン字母、方言字、声調符号など)は、一切不使用。したがって、本稿読者の方々には(これでも中国語か!?との)お叱りを賜るかもしれませんが、現段階では仕方ありません。(文字化けを防ぐには、皆様のパソコンに中国語ソフトをインストールしていただくと大丈夫です)。
0.はじめに
私は今経済学部に籍を置いているが、専門領域は経済学ではなく、中国語学(中国語史)である。しかし、経済活動を行うのは人間であり、そういう人間を科学する立場から中国語を駆使する彼らの潜在意識、深層意識までをも分析し、それが如何に言語に表出されるかを考えたい。
昨今の中国は改革開放政策をとっており、その結果、社会情勢が言語面にも強く反映している。なぜなら、言語は当事国の動向を如実に表す極めて関係の強い間柄だからである。
1.中国語に対する私の取り組み方
私の専門は大学要覧にも書いてある通り「中国語史」である。平易に言えば、近世中国語、即ち、宋代から現代までの口頭語の変遷である。例えば、「顔」を表す“面”は古代中国語及び近世中国語で盛んに行われていた。しかし、現代中国語では“臉”が普通である。では、一体いつから“臉”が“面”にとって代わったのか?また、現在でも“面”を日常の常用語として用いている方言区域が存在するのか否か。存在するのであればどの区域か等を考察する。中国語は方言を排除するどころか、共通語の中へ取り入れようとしている。宥和政策を採っているのである。
このように、語彙の変遷を約1000年ぐらいの時代の流れの中でとらえる通時論の方法と語彙分布を地理的区分で線引きする共時論の方法を用い、複合的に検討する。その場合、近世中国語を始点として行う。では、近世中国語とは一体何か?
2.近世中国語とは?
近世中国語とは何か?中国語の歴史を時代区分すると、大きく次の3つに分けられる。古代中国語、近世中国語、現代中国語。ただし、これは、中国側の分け方で、日本では一般に次の4つに分ける。即ち、古代中国語、中世中国語、近世中国語、現代中国語である。
近世中国語は、概ね宋代(960年〜)から始まり、元、明、清、そして五四運動(1919年)あたりまでの約1000年の言語を指す。
2.1.なぜ、近世中国語をやるのか?
現代中国語の学習・研究になぜ近世中国語を繙かねばならないのか?
現代中国語だけでは解決できないことが多く存在するからである。言語は生き物で、現代中国語の文法、語彙が急に出来上がった訳ではない。古代中国語から中世、近世を経て現代中国語へと流れている中で、現代中国語(口語及び知的な文の所謂書面語)の原型、つまり直接の祖先が近世中国語に存在しているからである。
近世中国語は、単に「未開拓領域が多いから」「多くの人が見向かないから」等の理由で我々が行うのではない。文言の古代中国語とは大きな溝が横たわるが、近世中国語は「口語」という点において現代中国語と密接につながる、いわば親戚の如き関係だからである。それゆえ、近世中国語は重視しなければならない。今後は中国においても近世中国語研究が更に盛んになるであろう。
2.2.なぜ、宋代からなのか?
近世中国語はなぜ宋代からなのか?
言語の時代区分は明確には分けられない。ただ、様々な観点から見て、近世中国語が始まるのは宋代だと見なすのが妥当である。最大の理由は、現代語の直接の祖先である旧白話の資料が一気に増えた点である。たとえば、『武王伐紂』等の軍記物が多い宋代の話本。そして、寄席、演芸場などで講釈師が大衆相手にしゃべる、或いは雑劇を披露するという所謂、町民文化が発達したのである。これは、経済的に庶民が豊かになったことの現れである。狂言は宋代に雑劇と呼ばれていたが、元代に歌劇に整理され、元曲となる。これが、現代でも行われている「京劇」の基となる。
明代に入って、『水滸』『金瓶梅』『西遊記』『拍案驚奇』等の白話小説が洪水の如く出てきた。こうなると、当時の口語、庶民の話し言葉をふんだんに使用していて、資料としては恰好のものである。
旧白話小説も源流は講釈師の言葉を速記するという形態をとっていた。たとえば、『水滸』をはじめ、どの旧白話小説にも「さて、みなさん、お聞き下さい」「さて、この続きはどうなりますことやら。次回をお聞き下さい」等と講釈師の口吻がとどめられている。
2.3.なぜ、『水滸』なのか?
近世中国語の白話文(口語文)を旧白話と称し、現代中国語の白話と区別する。白話に対して文言が存在する。文言文は、型どおりの文型・語彙を用い、先秦時代から何千年と進展・変化がない。歴史史実『三国志』を膨らませ、小説の形にした『三国志演義』は基本的に文言小説の体裁を採りつつ、やや白話へ傾きかけているにすぎず、一般には白話(口語)の研究資料としない。
現代中国語の直接の祖先は近世白話文(近世中国語の旧白話資料)でなければならない。その恰好の資料は『水滸』に求めるのが妥当である。『水滸』は、長編で様々な階層の人々が登場し、当時の口語を反映した語彙が非常に豊富だからである。
このように、直接の祖先を特定の資料に設定し、上限を定める。そこから現代までの通時論を行うのが良い方法論といえる。
3.なぜ方言を学ぶことが必要か?
3.1.現実は方言の世界
なぜ方言を学ぶことが必要か?
1つは、宋代以来の旧白話(当時の口頭語)がそのまま現代方言に残存していることにより、方言学習・研究は欠かすことができない。もう1つは、我々がまず肌で感じるのが、共通語もさることながら、方言なのである。
関空からジェット機で約2時間あれば上海に到着するが、そこは上海方言の世界。私が上海で電話をすれば、相手は必ず上海語で応答する。こちらが共通語で言っても、共通語の“日本人” Ribenrenがサプニン(国際音標文字は入力上・印刷上不都合なので、便宜上カタカナで書く。以下、同じ)、“誰?”shuiが“舎人?”(サニン)、“我們”womenが“阿拉”(アラ)である。即ち、上海では共通語よりも上海語の方が余程優勢である。どんな話題であっても、地元の人同士は必ず上海語で、私の方に話を向けるときだけ共通語である。生活言語、つまり地元の話し言葉は全て方言である。しかも、各方言で大きく異なる。
方言は、単に漢字が同じで発音のみ異なる語と思われがちである。例えば、“学生”xueshengは、どの土地へ行っても“学生”と表記する。
この他に、漢字も発音も両方異なる語が相当存在する。例えば、“自行車”zixingcheは上海語で“脚踏車”(チャッタツオ)、広東語で“単車”(タンチェ)である。「膝頭(ヒザガシラ)」は共通語で“膝蓋”xigaiであるが、北京語で“波楞蓋儿”bolenggair、蘇州語で“脚饅頭”(チャマツ)、広東語で“膝頭”(サタウ)、アモイ等の福建語で“脚頭汚”(カタウ)である。
高さのアクセントという声調も各方言によって大きく異なる。例えば、北京語は4声、広東語は9声、福建語は8声もある。上海語及び客家語は6〜7声。濁音は北京語にないが、南方諸方言に存在する。日本語にも存在する。このように、各方言間の差違は相当開きがあり、さながら外国語の如きである。
方言を知っておくと非常に便利である上に、知らないと損をすることがある。例えば、北京人と広東人と上海人の3種類の人がいると、北京人が最も損をする。その理由は他の2人は普通語以外に方言を操ることができるが、北京人は普通語以外はできないからである。我々外国人はさながら北京人と同じである。肝心な所、核心部分を彼ら自身の方言でやられると全く理解できず、閉口してしまう。
〔主要方言における語彙の差の一覧表〕
代表都市 語彙
共通語 誰 我們 学生 自行車 膝頭
北方語 北京 誰 我們 学生 自行車 波楞蓋儿
呉 語 蘇州 舎人 阿拉 学生 脚踏車 脚饅頭
粤 語 広州 ピングオ 我地 学生 単車 膝頭
福建語 アモイ @誰 A舎人 阮 学生 脚踏車 脚頭汚
日本語 大阪 誰 我々 学生 自転車 膝頭
このように、各方言間の差違(特に音声面)が大きいと、どうしても意思疎通をはかるための共通語が必要になってくる。では、北京語は中国の共通語だろうか?
中国は漢民族が全人口約12億人の95%以上を占めるので、漢民族の言語を指して“漢語”という。しかし、漢語の中にも各方言間の差が大きく、更に、少数民族も約55種いて、独自の言語と文字を有する。ただ、それでは言語の疎通がうまくゆかないので“普通語”(民族共通語)が必要となる。
上海語やアモイ語、広東語、客家語など、長江以南は方言差が特に大きいことを述べた。それでは、北方(長江以北)へいけば共通語の音に近くなるから全て完全に聞き取れるかといえば、必ずしもそうではない。例えば、河南省省都開封市でメガネの枠が外れたのでメガネ屋を探し修繕してもらうことにした(これは半年前、上海の台湾資本デパート“太平洋百貨”でメガネをこしらえたもので6ヵ月もたたないうちに壊れたのである)。開封のそのメガネ屋の60才ぐらいのお婆さんの話し言葉が皆目分からない。私が(北方語を)聞き取れないのは、余程訛りが強いことを示す。結局、その店に居合わせた10代の女の子に(方言から普通語へ)通訳してもらった次第である。
このように、各方言間の差違(特に音声面)が大きいと、どうしても意思疎通をはかるための共通語が必要になってくる。では、北京語は中国の共通語だろうか?
3.2.北京語は共通語(標準語)ではないのか?
北京語は北方方言の一つで、共通語(標準語)ではない。その特徴は軽声が多い。第2音節または第3音節を軽く発音するのである。又、儿化語が多い。これは語尾に英語のRの如き発音を加えるのである。例えば、“今天”は普通語で陰平と陽平であるが、北京語(を中心に北方方言)では陰平と軽声に発音する。また、“今儿”或いは“今儿个”という。このように、軽声、儿化語が非常に多い。
我々が学ぶのは「共通語」、即ち、“普通語”(または“漢語”)と称する。北京語と言う呼称は北方方言の一つにすぎず、共通語(普通語)ではない。台湾では共通語の呼称を“國語”、シンガポールや欧米では“華語”という。
“普通語”とは何か。1954年に中国文字改革委員会が発足し、1955年「第1次異体字
整理表」「漢字簡化方案草案」を発表する。このとき漢語規範化会議で3つの方針が打ち出された。これを“普通語”=共通語という。それは「@北京語音を標準音とする。A北方方言を基礎語彙とする。B現代の優れた白話文著作を文法の規範とする」であった(筆者は1997年度日本中国語学会第47回全国大会で「口頭語の客観的認定」の証明を一部試みた。報告名「『現代漢語詞典』中の〈口〉符号語彙の行方」)。
1958年、ピンイン字母(中国語式ローマ字)の制定。これが“普通語”の普及推進に大いに役立つ。これは、発音記号ではない。ピンイン字母も立派な中国語である。日本語でいえば、さながら片仮名のようなもので、漢字のように表意文字ではなく、印欧語のような表音文字である。現在では、中国の小学校からこれを用いて“普通語”の教育をしている。
3.3.「共通語」はいつから存在していたか?
実は「共通語」はかなり古い時代から存在していた。そうでなければ、中国統一すら難しい筈だからである。唐宋五代、北宋には「中原の共通語」といわれる広域にわたって使用されていた。そして、元、明、清と都を北京に定めたことにより明末清初ごろから「官話」と呼ばれるようになる(O.E.D.には1589年とあった)。官話とは“普通語”(=共通語)の旧称で、西洋人はこれをMandarinと呼んだ。もとポルトガル語で「官吏」の意味を指した。即ち、宣教師が中国大陸へやって来て、中国語のことをMandarinと呼んだと考えられる。
3.4.現代中国の方言政策
中国は方言に対して宥和政策を採っているので、共通語(=“普通話”プートンホァ)にいくらでも取り入れる。即ち、ある方言語彙が、使用される地域が広域になれば方言でなくなり“普通話”になるのである(この点が日本の言語政策と根本的に異なる)。この結果、現在は1979年以来の改革開放政策と相まって、外国文化、即ち、外国語がそのまま外国資本と共に中国へ入ってくる。そのさい、中国の玄関口である広州や上海の口語、つまり、方言(訳語も含めて)が大陸を席巻する。諸外国の経済資本導入により、南方方言が在来の“普通話”を脅かすようになる。その一斑を挙げよう。
“出租汽車” → “的士”(「タクシー」の音訳語)
“電子計算機”→ “電脳”(「コンピューター」。もと台湾からの言葉)
“飯店” → “酒店”(「ホテル」。看板には特に“△△酒店”が多い。且つ、外国資本のグレードが高いホテル)
“同志” → “小姐(お嬢さん);先生(旦那さん)”(現在、話し言葉で“同志”を用いると「時代遅れの言葉」として中国人に笑われる。私が大学時代〈1970年代〉に学習した中国語は“同志”で、これ以外には無かっ た。“太太(奥様);小姐;先生”等はブルジョア階級の言葉で、死語だと教えられた。それだけ、政治イデオロギーが言語の学習にも強く影響を及ぼした)
次に、現在、中国で最も権威のある辞書『現代漢語詞典』は方言語彙をどのように扱っているのかを見る。
3.5.中国の動向を反映する『現代漢語詞典』
『現代漢語詞典』は北京・社会科学院語言研究所詞典編纂室が編纂。刊行後、30年以上も中国国内外の中国語教育者及び研究者にとり、権威的存在であり続けている。今、中国国内の動向も踏まえて方言問題を中心にこの30年の回顧と現状を展望する。
『現代漢語詞典』第3版が1996年7月に刊行された。日本でいえば、『広辞苑』第4版が出たようなものである。しかも、『現代漢語詞典』第3版は内容が前の版と非常に大きく異なっている。その点に対して、日本人研究者はほとんど何も言わない。関心が無いのか、それとも、言語に対して敏感になっていないのか。誰もやらないのならば、自分がやらねばならないと考えた。
『現代漢語詞典』の<口><方><書>の客観的認定基準が説明されていないのでその基準設定を試みた。それは、共通語と対立する通俗的な語彙、方言的な語彙、やや生硬・知的な語彙の存在などを指摘した(植田均1996a「『現代漢語詞典』中の〈口〉語彙の認定」など)。
そして、『現代漢語詞典』第3版は<口>符号が全面的に削除されたことについて、生じる問題点等も論じた。
『現代漢語詞典』30年の歩み 中国国内の動向
'56 中国科学院・語言研究所が資料収集、編集
'65 『試印本』刊(内部発行) ’66 「文革」勃発
'73 『試用本』刊(内部発行) ’72 日中国交回復
'78 『第1版』刊 ’79 市場経済導入
'83 『第2版』刊 ’80 日本への留学熱が高潮(〜'92)
'89 『補編』刊(新語の収録、夥しい<方>語彙)
'96 『第3版』刊(<口>符号削除、新語の収録)
社会の変化、時代のニーズに合わせる形として刊行した旨が「改訂説明」にあった。
第2版に収録されていないが、第3版で収録された語は、丁度市場経済が導入された結果、大きく変化した社会を表している。
[90年代の新しい語]
@[看板の語]
社会の変化を如実に表しているのが街中の看板である。
新しい語が、どのようにして、如何なるルートで大陸に流入し、定着したのかはある程度分かる。この役目に大きく関わっているのは、大企業がメデアを使っているケースもあるだろう。しかし、忘れてはならないのが1980年代初期から1990年代初期にかけて日本へと夥しい数にのぼった中国人留学生である。彼らは何年間か日本に留学し、再び中国へ戻り、商売を始めた。そのとき、日本語または外来語としての日本語を中国へ持ち込んだのである。これに該当する語を挙げる。
☆卞拉OK(カラオケ)(“卞”は文字が異なる)<日本>,☆迪斯科[discotheque](ディスコ)<フランス>,☆快餐[fast food](ファーストフード)<アメリカ>,☆漢堡包[hamburger](ハンバーガー)<アメリカ>,☆柔拿浴[sauna](サウナ)<フィンランド>,☆超市(超級市場)[supermarket]<日本>,☆方便面[instantラーメン](インスタントラーメン)〈日本〉等。
A[在来中国語を脅かす南方方言系の語]
これは、台湾、香港から入った語が元来存在した中国語を脅かすようになった語で、次にそれらを示す。括弧内が元来の語。“的士”はもともと広東語、“電脳”は台湾から、“ΔΔ酒店”は香港から来た言葉である。
☆的士(出租汽車:タクシー)、☆電脳(計算機:コンピューター)、☆ΔΔ酒店(ΔΔ飯店:ΔΔホテル)など。
B[科学技術用語]
外国資本導入による先端科学技術の用語、コンピューター、家電機械製品の用語の普及率が高い。
☆硬件(ハードウエア)、☆軟件(ソフトウエア)、☆録相(録象)(ビデオ)、☆機器人(ロボット)、☆電視劇(テレビドラマ)、☆家電(家電製品)、☆彩電(カラーテレビ)など。
C[復活語]
中華人民共和国誕生、そして、文革中に「死語」だとされてきた語が、改革開放政策により、復活している。
☆小姐(お嬢さん)、☆女士(女性に対しての呼称)、☆先生(男性に対しての呼称)、☆太太(奥様)など。
なぜ、@、Aのような外来語(及び外国語の音訳、意訳語)が方言語彙かといえば、中国の玄関が上海や広州だからである。古くから上海(や広州)は外国との接点が多く、外国文化を受け入れ易い。即ち、先ずこの地の方言(口頭語)に音訳、意訳し、その後、大陸全土に浸透してゆくのである。これに対し、北京(及び北方)は相対的に中国古来の伝統文化を重んじ、外国文化を拒否しがちである。
4.地味な学問領域
4.1.中国語学習・研究は金が儲からない?!
私のような中国語の語彙史を研究するのは地味な学問領域である。例えば、中国の大学へ行った折りに中国人教授からですらよく尋ねられるのが「あなたのご専門は?」これに対し、いつも「漢語史(又は「漢語語彙史」)」と答える(日本で言えば、国文科の「国語語彙史」の如きもの)。ところが、反応は決まって「流行ではありませんね」「そのようなことをしていて金になるのですか」等々。中国は今、いわば日本の明治時代の如き雰囲気で充満している。国家も「富国強兵」政策を採っているので理工系がもてはやされている。なせか?金が儲かるからである。それに比べ、文化系は「証券、金融、経営管理、外国語」を除いては軒並み人気がない。特に、国史、国文という中国にある何千年よいう輝かしい文化遺産、世界的にも貴重な文献、資料の宝庫、これらの解読、分析方面では全く不人気である。1994年3月、私は天津の天津師範大学の図書館を見学した時、古代漢語から近代漢語関係の図書が陳列されている6階の線装本での稀覯本が沢山あるので驚いたことがある。しかし、多くが埃をかむっている。いかにも使用されていなくて眠っているのが分かる。その後、各大学の図書館でも同様であるのを知った。
4.2.教員の地位は極めて低い!?
このような訳で、教員のなり手がない。金が儲からないからだという。例えば、20年間勤めあげた教員の一ヵ月の給料よりも民間企業の初任給の方が高いのだから無理もない(上海で1ヵ月約800元〜1500元、北京では上海の約2割減、その他の地方都市では1ヵ月約200元〜400元)。中国では大学の教員でも例外ではない。低賃金の上何の権力もない。学内の事務員の方が威張っている。なせか?人の配置換えや予算等の金を動かす行政方面を掌握しているからである。もっとも、中国の学内及び出版社などの知的文化を有するところに勤める事務員に対しては“老師”(先生)と呼称する。当初、私はこれに対して非常に奇異を感じた。実際に、老事務員を我々に紹介する時、或る中国の司会者が“○○教授”と称した点には呆れかえった。
国文科の学生でも「教員にはなりたくない」という。例えば、1992年3月に上海外国語大学の中文系3年生を相手に特別講義したときのことである。私はふつうは大学院生及び教員を対称に研究発表するのであるが、この時だけは特別だった。講義の後の質問は「給料はいくらですか」「なぜ商売をしないのか」等であった。
更に、中国国際・国内線の空港で、中国の空港関係の係官から、はたまた、中国の大学キャンパスの中で若者達から、私の中国語を聞いて「中国語をしゃべれる能力があるようだが、そんなのを学んで役に立つのか?」と尋ねてくる。彼ら自ら自分たちの国の言語に何ら関心がないのである。それにしても中国は今、国を挙げて外国の文化、外国の先進科学技術の吸収、導入に躍起となっているのには驚嘆してしまう。さながら、日本の明治・鹿鳴館時代のように。
[参考文献]
呉昌恒等1989,『古今漢語実用詞典』,四川人民出版社
北京大学中国語言文学系語言学教研室1964,『漢語方言詞匯』,語文出版社(第2版1995年版)。
香坂順一1995,『<水滸>語彙と現代語』,光生館。
――――1983, 『中国語の単語のはなし――語彙の世界』,光生館。
植田均1997a,「上海――その経済と人々」,『国際交流通信』(丁丑篇・春季号),(1997.4月)
―1996a,「『現代漢語詞典』中の〈口〉語彙の認定」,『産業と経済』10.5(奈良産業大学経済学会)
―1996b,「『現代漢語詞典』中の〈書〉語彙の認定」,『奈良産業大学紀要』12集。
―1997b,「『現代漢語詞典』中の〈方〉語彙の認定」,『奈良産業大学紀要』13集。
中国社会科学院語言研究所詞典編纂室1979,『現代漢語詞典』,商務印書館(第3版1996年版)。
本社編1991,『中国の古典名著・総解説』(改訂版),自由國民社。
連絡先は
hitoshi@nara-su.ac.jpまで