−あ行−

アフタ−・フォ−ディズム

フォーディズムは1970年代以降危機に陥った。それゆえに,各国はフォーディズムのオルタナティブをもとめて模索を続けた。それが1970年代後半から1980年代であり,現代はアフター・フォーデイズムの時代である。そしてフォーディズムの危機のなかでいくつかの方向が形を整えてきた。それは,まず,テイラー主義をそのままにしつつインデックス賃金の方を解体させていく道=危機を何よりも分配危機ととらえ,フォーディズム的な契約的・硬直的賃金を打破して賃金・雇用を市場化・フレキシブル化し,利潤回復をめざそうという「ネオ・フォーディズム」的な危機脱出の方向と,テイラー主義を緩和ないし打破して新しい労働編成を模索しようという方向=ポストフォーデイズム,に分かれる。前者はアメリカやカナダなどの道であり,政治的には,新自由主義,新保守主義である。これに対して,後者は,強力で統一的な労働組合のもとに全国レベルで労使交渉が行われ,労使妥協は明文化され,そして,労働編成においても,流れ作業の廃止(構想と実行の分離の抑制)の試みがなされたスウェーデンの道(ボルボイズム)と,労使妥協においては見るべきほどの前進はないが,労働編成においては構想と実行の分離というテイラー・フォード主義を超出して,高い生産性をあげているモデル(日本のトヨタイズム),に代表される。

アメリカの年俸制

アメリカでは、従業員が、公正労働基準法の定義にしたがって、残業に対して賃金を支払う義務がある従業員(ノン・イグゼンプト)と残業手当を支払わなくともよい従業員(イグゼンプト)とに分類されることがある。年俸制の対象者は後者であると考えられがちであるが、現実は、両者に年俸制を適用することは可能であり、例えば、年俸制であるノン・イグゼンプトが残業した場合には、その都度、残業手当を支給することになる。このことは、笹島芳雄によれば、わが国でも、残業手当をその都度支給することにすれば、管理職や裁量労働適用者だけでなく、従業員全体に対して年俸制が適用できることを示唆している。

イグゼンプト

アメリカの従業員の「一群」を指す言葉であり、日本企業で言えば、非組合員とか、管理者層とか、ないしはホワイトカラ−に相当するものとして知られているが、これは不正確な理解である。イグゼンプト(exempt)という「名称」はアメリカの公正労働基準法によって「区別」されている従業員(被雇用者)の「一部」を指して使われる言葉である。現実はかなり錯綜しているが、法的に言えば、イグゼンプトは公正労働基準法で残業手当を支払わなくともよい(支払いの免除)とされている従業員であり、ノン・イグゼンプト(non-exempt)とは、残業に対して賃金の支払いを義務づけられている従業員である。前者には、経営者(executive)、管理者層(manager)、専門職に従事するスタッフ(professional & tecnical)そしてス−パ−バイザ−が属し、後者の範疇には、職長を含めた工場で働くブル−カラ−そしてオフィスで働くホワイトカラ−の下級の人々が属する。

意思決定のトップダウン方式とボトムアップ方式

意思決定のあり方が、ステレオタイプ的ではあるが、トップダウン方式とボトムアップ方式に分類されることがある。この場合、前者の「上からの」意思決定が欧米の会社のそれに、後者の「下からの」意思決定が、稟議方式を念頭に置いて、日本企業のそれに代表させられる。しかしながら、稟議においても、上司の「思い」を忖度して起案されているのが実態であり、その為に、奥田健二は、日本型の意思決定方式をU型と名付けている。

ウチとソト

共同体の内部にいるものをウチ、その外部にいるものをソトとして区別するために使われる、コトバ

横断賃率

諸外国、特にヨ−ロッパ諸国では、賃金の高さが、作業内容・職種の格付け・職務の難易度に応じて決定された社会的相場をベ−スとして、決まる。この「社会的な相場」が標準賃率といわれるものであり、これは、労働組合と経営者団体の交渉を通じて決定され、それぞれの企業「横断的に」適用されるために、横断賃率とも言われている。

Off-JT

OJTとは異なり、現場を離れて集合的に実施される教育訓練。会議、研修、講習会への派遣、留学、等々がその代表的な形態である。今後はこの方法の意義が高まるものと予想されている。

OJT

職場の管理者(上司や先輩社員)が部下を現場で共に働きながら教育すること。現場レベルの知識・技術・ノウハウが必ずしも標準化され体系化されていないために、OJTは個人の試行錯誤的な体験学習となっている場合が多いが、わが国では、これまで、OJTが企業内教育訓練の中心的な位置を占めてきた。




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会社自体説的経営者支配論

日本企業の現実を念頭に置いて片岡信之によって展開された論理。会社の物的会社化、内部金融の増大、株主の外在化などによって、会社自体(現実資本運動)が出資者のコントロ−ルから相対的に自立化し、その構造に乗っかる形で専門経営者が会社(現実資本)の排他的占有権・支配権をもつようになる、と。

会社人間

自己の実人生の中心に会社があり、意識的ないしは無意識的に会社本位に行動する人間類型。熊沢誠に拠れば、会社人間にはつぎのような共通の特徴が見られる。 第1に、その職業能力の展開の場が特定の企業に限られていること、第2に、その労働条件が、企業別に、企業内で、主として経営者の裁量で決定されていること、第3に、生活時間のなかに占める労働時間の割合が高いこと、第4に、生活意識の点で、会社の仕事、人間関係、昇進そして収入が圧倒的な関心事であり、広汎な企業の要請をなによりも優先させること。

株主総会

制度上の最高意思決定機関。これは、政治民主主義に対応する形で(一株一票を原則とする)会社民主主義が確立したことを示す制度的存在であるが、現実には、形式的な機関に転化してしまっている。株式会社は決算期ごとに定時株主総会を開催することを義務づけられており、わが国では、6月末にほとんどの会社で同一日に株主総会が開催されている。

過労死、過労自殺

「死ぬまで働く」日本の労働者は欧米の人間には理解しがたい日本型企業社会に特徴的な「現象」として世界的に有名であるが、同時に「仕事による過労・ストレスが原因となって自殺に至る」「過労自殺」も増加し続けている。このような状況は改善されることなく、現在、2001年4月17日の「日本経済新聞」(夕刊)に拠れば、そのような「働きすぎによる過労死」が男性だけでなく「働く女性」の間にも増加しかねない状況下にあり、彼女たちが「過労死予備軍」と言えるような存在となっている。川人博氏が、ある学会で、提起した、「過労死(自殺)問題という深刻な社会問題に経済学者や経営学者たちは、なぜ、取り組まないのか」という「告発」を、経営学を学ぶものは真剣に受け止めるべきであろう。

間人主義

日本人の行動様式を、個人主義との対比で、単なる集団主義に還元するするのではなく、「日本的な」集団主義として特徴づけるために、濱口恵俊によって提唱された「新しい」概念。日本人は単なる「人」ではなく「じんかん」に生きる人間としての間人である、と。間柄主義と言われることもある。

かんばん方式

トヨタ自動車が原価の低減による利益の増大を目指し試行錯誤の末にたどり着いたトヨタ生産方式の別名。この方式のもとでは、つくりすぎのムダ、在庫のムダ、労働力のムダ、等々のムダが徹底的に排除される。この生産方式を支えているのが「必要なものを、必要なときに、必要な量だけつくる」というJust-in-time方式であり、その為の情報伝達手段として部品納入の時間・数量を連絡する「作業指示票」が用いられるが、それが「かんばん」と呼ばれることからトヨタ生産方式は「かんばん方式」として広く有名になった。また、この方式は欧米では「リ−ン生産方式」としても知られている。ちなみに、リ−ン(lean)とはぜい肉を落としてスリムになることを意味している。

企業戦士

仕事を生き甲斐とする生き方を「是」とするだけでなく、「死に物狂いで働く」とか、「命懸けで働く」、「仕事で死ぬのは仕方がない」との勤労意識を持って、働いている勤労者のこと。間宏に拠れば、このような人間類型は、日本経済の「高度成長期に中間管理職または企業の中核として働いた、男性ホワイトカラ−労働者」に典型的に見られるものである。

競争主義的企業内人生

日本企業では「和」が強調されるために、競争社会ではないと誤解されることがあるが、日本社会は競争社会である。特に、企業では、会社への一体化を前提とした、誰がその所属集団に忠実なのかを、同僚と、深層レベルで競わされる、厳しい同調競争が展開されている。昇進競争や小集団競争はその現象形態である。

共同態としての日本企業

日本では、ヨ−ロッパのように農民が一家をあげて賃労働者化せずに農家の二・三男がいわば単身者として賃労働者となり、一方で、ムラに代わる共同体を企業に求め、他方で、経営者がイエの論理を持ち込んだために、企業の中に共同体関係が生まれ、その結果、共同態としての企業が成立した。

企業社会

企業という場を中心として成立する1つの協働体系が企業社会である。狭義には、企業内社会を指すが、広義には、企業本位社会へと転化した社会全体ないしはその一部分を企業社会と言うことがある。

企業内教育訓練

個々の企業において教育訓練が行われるのは従業員の現在の能力と企業が要求する能力の間に「差」があるためであるが、特に、日本企業では、新規学卒一括定期採用によって職業経験をほとんど持たないものが直接企業に採用されるために、企業内教育訓練が重要視され、それによって「理想の」社員像に近い従業員が再生産されてきた。教育訓練の方法には、自己啓発、OJT、OFFJT、がある。

企業別労働組合

企業単位で当該企業の従業員が結成するもので、日本企業のほとんどの組合がこのタイプである。日本の労働組合は、この企業別組合を単位として、企業連、産業別連合体(単産)、(連合に代表される)ナショナルセンタ−、の重層構造をなしている。

QCサ−クル

小集団活動のなかで最も古い歴史をもっているのが「QC(Quality Control)サークル」であり,我が国では1962年頃から導入されている。品質管理とは,製品の品質の維持と不良品の発生防止など,その原因を各種の検査や分析手法を駆使することによって科学的に生産管理をおこなうー連の体系であり,この管理手法をマスターするために職長が中心となって組織されたのがQCサークルである。製造業の現場だけでなく、他の産業でも、特に銀行では広範囲に実施されている。

勤務継続制度

定年そのものの延長ではないがそれに似た制度が再雇用と勤務延長である。再雇用制度とは,定年に達した従業員をいったん退職させた後,また改めて雇用するものであり,勤務延長制度とは定年に到達した従業員の退職時期を一定期間延長する制度である。これを適用された者については事実上定年を延長されたことになるが,いずれの場合にも,該当者全員に適用されるのではなく,本人の健康状態,動労意欲,会社の業務上の必要性等々によって審査されることが多く,その後の身分も嘱託に変ったり,賃金が低下したりするし,延長期間も短期間である。再雇用制度は,主として,大企業に,そして勤務延長制度は中小企業に普及してきたものであり、これらは制度的にはあくまでも特例措置であり,そこには,定年制度そのものは現行のままである,という考え方が支配してきたが、今後どのように変わっていくのか、その推移が大きな社会的問題となっている。

経営家族主義

日本企業における経営者と従業員の関係は、欧米のように労働力の売買を介した契約関係だけで成立しているのではなく、親子の関係でもある、との認識のもとで、従業員に対して展開される温情的な生活保障政策の総称。

契約社員

有期雇用を前提とし,労働時間や賃金などの労働条件を個別に契約し,職務に関する専門知識・スキルをもって基幹的業務を遂行する社員。近年、様々な理由で、専門的な技術や資格を生かすために契約社員の道を選択した人々がかなりの規模で存在し、彼らの多くは、一般的事務だけでなく専門的職務を担当しているが、それに伴い処遇を巡るトラブルが増加している。

系列

日本に独自な、大企業と中小企業との間の長期的な継続的取引に支えられた、企業間関係の1つであり、海外でも keiretsu として知られている。系列は、それが、代表的には、下請け制の発展形態として位置づけられていることからもわかるように、特定の中小企業との(「支配従属」関係としての)長期的な継続的取引関係に支えられているために、「閉鎖的なもの」として否定的に評価されることが多いが、大企業にとっては部品の安定供給やリスク回避が可能であり、中小企業側は技術進歩に取り残される危険を回避できるために、経済的に合理的な制度である、との評価もある。

ゲゼルシャフト

テンニ−スによって分類・提唱された共同体の類型のひとつで、形成意志に支えられた人間の一過性の結合体。孤立、打算的結合、合理的精神に基づく契約、を特徴とする。企業はこのゲゼルシャフトの典型と見なされている。

ゲマインシャフト

テンニ−スによって分類・提唱された共同体の類型のひとつで、自然意志に支えられた人間の持続的な結合体。血族愛・近隣愛・友愛による全人格的な融合・愛着・信頼を本質とする。日本企業はこのゲマインシャフトに擬せられることがある。共同態としての日本企業を参照。

公正賃金

公正な格差が実現されている賃金が「公正」賃金である。但し「公平」「不公平」の基準となる要因は実はさまざまなのであり,その国の多くの人々が重要であると考えている要因を反映した賃金格差だけが公正である,ということになる。この点,たとえば,欧米では,労働者が担う作業の種類と労働の量を反映した賃金格差が伝統的には公正であり,「同一労働同一賃金」が公正な賃金である。この観点から日本の賃金を見ると、「年功」格差を内包している「年功賃金」は、労働の質量が相違しても同一「年功」であれば,賃金に格差が生じないという意味では,均等賃金であるが,逆にいえば,労働の質量が同一であっても「年功」が相違すれば賃金額が相違してくるということでもあり,その意味では,年功賃金は「同一労働差別賃金」となる。しかし、我が国では,日本では,終身雇用を前提としていたために,年齢や勤続年数を反映した賃金格差が公正なものである,と観念されてきたのであり、年齢や勤続年数を正確に反映しているかぎり,その賃金は「公正な」賃金であった。

護送船団方式

本来の意味は、速度の最も速い船が最も遅い船を護るように一致団結して航海することであり、これが転用されて、業界全体を保護・育成する政策のことを指すコトバとなった。特に、銀行業界に対する政策が代表的であり、効率の低い中小金融機関を守りすべての金融機関の倒産を防ぐ政策として知られ現実にもそのような政策が長らく採られてきた。近年の規制緩和⇒自由化でこの慣行は崩れつつあるが、業界の「横並び」意識はあらゆる業界でいまも生きている。

雇用調整

日本では,従業員を解雇するまえに,残業時間の調整,ボーナスのカット,配置転換などの処置が講じられるのが通常であった。だが現在では、本来,最終段階の雇用調整処置だった人員整理が、早期退職制の名を借りて、「日常化」してきている。『労務管理実務入門』(労務行政研究所)に拠れば、雇用調整はつぎのような5段階で行われるのが日本の「慣習」であった。
【第1段階】
残業規制・労働時間の短縮
【第2段階】
パートタイマー・臨時工・季節作業員の削減
【第3段階】        
新規・中途採用の中止
【第4段階】
既婚者休職制度・自宅待機・待命休職、―時帰休・臨時休業・管理職休職制度・応援・休日振替・半月休暇・配転・関連協力企業への出向
【第5段階】
指名解雇・人員整理、希望退職者募集・転職・退職勧奨・早期退職制

御用組合

単に労使協調路線を掲げるだけでなく、自主性を欠いて資本家の利益を擁護し、使用者のいうがままになって本来の活動をおこなわない労働組合。第2組合、会社組合、と言われることもある。

混合型職務給

混合型職務給とは基本給全体が職務給の形態を採っているタイプである。これはいわば職務給のなかに年功賃金の考え方が注入された賃金体系であり,職務給はレンジ・レートとなって一定の幅をもち,この幅のなかでは一定の年功的昇給が行われている。公務員の給与にこのタイプの典型を見出すことができるので,これは「公務員型」と称せられることがある。

コンティンジェント労働

アメリカの公式の「労働統計」で使われている概念。ただしその内容は必ずしも「共通の」理解が成立しているわけではなく、いくつかの解釈が知られている。たとえば、A.E.Polivka & T.Nardone によると、コンティンジェント労働を特徴づける要因は仕事の保障がないことと労働時間が定められていないことであり、「長期的な雇用契約が明確にまたは暗黙に存在しない職、あるいは最低労働時間が不規則な形で変化する職」がコンティンジェント・ワ−クである。より包括的な現実的解釈としては、独立した自営労働者を除いた、正規雇用以外のすべての雇用形態にある労働者、をコンティンジェント労働者と見なす理解もみられる。代替雇用労働者を参照のこと。

コンピテンシ−

コンピテンシ−とは、企業(経営)関係者のなかでは、「高い成果を生みだしている高業績者に特徴的な行動特性」を意味するものとして知られているが、その解釈は多様である。例えば、ヘイ・グル−プの理解に従えば、「コンピテンシー」という考え方は、「自分自身で動機を達成成果に結びつけ、さらに自己の能力を最大限に活用しながら高い成果を生み出している人も存在している」という事実認識から生まれたものであり、動機と達成行動を効果的に結びつけ,実際に高い成果を生み出していく能力が「コンビテンシー」と呼ばれることになる。したがって、ある能力がコンビテンシーであると特定されるためには,内発的動機、行動化、成果可能性、という3つの条件が必要である。このように「コンピテンシ−」概念には現在「統一的な」解釈は存在しないが、コンピテンシ−型(competency-based)人的資源管理」あるいは、「コンピテンシ−・マネジメント」)が提唱され、その一環としてコンピテンシ−給与(competency-based pay)も大きな注目を集めるようになってきており、今後普及してくいくものと思われる。






−さ行−


裁量労働制

裁量労働とは、みなし労働時間が適用される業務の1つで、法的には、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量に委ねる必要があるため当該業務の遂行の手段および時間配分の決定等に関し具体的な指示をすることが困難な業務」を指す。1987年の労働基準法の改正の時点では、対象業務が、研究職、システム・エンジニア、編集業務、等々に限定されていたが、その後、不動産鑑定士、弁理士、等々に拡大され、1998年の改正によって、企画・立案・調査・分析の業務にまで拡大されることになり、ホワイトカラ−のかなりの部分にみなし労働時間が適用される途が開かれるようになった。

三軸サラリ−マン

梅澤正によって提起された「新しい」サラリ−マン像。職業人として仕事人、市民としての会社員、自己を活かす主体的存在、という3つの側面を有する「市民性に支えられた主体的職業人」。

三種の神器

終身雇用、年功賃金、企業別組合、のこと。1972年にOECDによって日本の労務管理を特徴づけるものとして紹介されたことを契機として、「三種の神器」として世界的に有名になった。

JK活動

「自主管理活動」とは特に新しく生まれれた活動ではなく、現場作業者を対象とした小集団活動を総称する名称であり,1969年に日本鉄鋼連盟のなかに「自主管理活動委員会」が設置されたことからはじまっている。これが「自主管理活動」と名づけられたのは,「従業員の自主性にもとづく活動である」ということに力点が置かれているからであり,JK活動とも呼ばれている。したがって.その活動は「ZD運動」や「QCサークル」をも含み、個々の名称は様々である。但し、「QCサークル」や「ZD運動」においても従業員の自主性や人間性の尊重がうたわれていたが,「個人個人のための活動である」,「自分の仕事については,自分で計画し,自分で実施し、自分で評価する」という側面がよりー層明確となってきていることに.この活動の特徴がある。

社畜

横田濱夫『はみ出し銀行マンの左遷日記』につぎのような描写がある。滅私奉公のサラリーマンをやっているうちに企業に飼い慣らされ、すっかり洗脳されちまった奴、人間としての自分個人がまったく奪われてしまった上に、それをなんとも思わなくなってしまった奴。こういうかわいそうな連中が、牛や馬といった家畜にたとえられて、「社畜」といわれる。

終身雇用

一定の基準を満たした人々が特定の企業に採用され、それらの人々が正社員としてその特定企業に定年まで長期間にわたって勤め続けるという雇用慣行。これは契約ではなくあくまでも慣行であり、内実としても、対象者は大企業の常用男子従業員だけであり、終身雇用労働者は約20%であった。これまでも幾度となく終身雇用の「終焉」が言われてきたが、現在、理念としても崩れつつある。

職能給

職務給は仕事に対する賃金であるが、従業員の職務遂行能力に対して支払われる賃金が職能給である。職能給は,基本的には,つぎのような「仕組」になっている。第1に,労働者の職務遂行能力に応じていくつかの「職能等級」(あるいは「資格区分」)をつくる。つまり労働者を分類するくいれもの〉をつくるわけであり,これによって能力別細分化が行われる。第2に,この職能等級に労働者の一人ひとりを,人事評価や面接などの「能力評価」のもろもろの方法によって格づけをする。ここでは,初任格づけ(スタートライン)と上の資格への昇進(昇格)が問題となる。そして第3に,職能等級ごとに賃率を設定する。職能給が資格給とも言われることがあるのはこのためである。

職務

生産規模の拡大とともに職種が分割され単純化されていった場合の仕事の単位。これは、個々の労働者が当該企業で就いている仕事、為すべき仕事であり、職種は、基本的には、企業が異なっても同一であるが、職務は企業が異なれば異なることもある。また、職務は作業そのものの単位ではなく、幾つかの単位作業が集まって1つの職務を構成する。

職務給

アメリカで生まれた職務評価に基づく賃金制度。企業内の個々の職務の内容を明確にし、それらを相対的に評価することによって、それぞれの職務に対して決められた基礎賃率。

職務評価.

企業内の個々の職務の相対的価値を評定すること。その方法として、序列法、分類法、点数法、要素比較法、がある。

諸手当

日本の賃金は、基本的には、基本給プラス各種の手当て、である。だがこれは日本独特の賃金支払形態であり、欧米では、(労働者の)賃金といえば、(基本給に相当する)賃金率だけであり、役職手当、住宅手当、家族手当、通勤手当、皆勤手当、等々の各種の手当ては存在しない。このような諸手当は、それが果たしている機能(例えば、基本給の弾力的運営、人事管理上の目的、生活費への配慮、等々)によって、幾つかのグル−プに分類されるが、本質的に言えば、わが国において各種の手当てが支払われているのは(基本給だけでは家族が生活できない、すなわち、労働力の再生産が不可能である、という)低賃金構造がいまだに続いていることを示している。

所定外賃金

労働協約で決められた所定労働時間以上働いた時に支払われる賃金

所定内賃金

労働協約で決められた所定労働時間を働いた場合に支払われる賃金

仕事給

就いている職務の内容に代表される仕事的要素に対応して決定される賃金

自己資本の他人資本化

自己資本と他人資本の区別が変化し、株主の立場から言えば自己資本である出資者資本(資本金)が会社自体から見ると他人資本になること。

「集団単位」の仕事遂行方式

組織内で実際に仕事がいかにして行われるかは国によってかなり相違している。例えば、アメリカでは、一人一人に特定の仕事を分担させる「専門分化主義」が採られているが、日本では、複数の社員が「特定の」仕事を任されている。これを「集団単位」の仕事遂行方式という。

柔軟な職務構造.

個々の従業員に割り与えられている仕事の内容が欧米のように一定不変のものではなく、当事者の能力や技術変化に応じて大きく変化する、ということ。日本企業において、欧米企業では絶対に行われることがない、異なる職務への配置転換が従業員の抵抗なしにおこなわれるのはこのためである。

出向

職業生活の一時期や定年前の数年間を他企業で就業すること。ただし、この(特に,ホワイトカラーの)出向は,水野仁によれば、発生要因との関連で,理念上,@企業集団統合型出向(企業間の結びつきを強め,情報伝達を容易にするための出向)、A出向先強化型出向(経営指導や技術指導を通じて関連企業を強化するための出向、B従業員排出型出向(自社の役職ポスト不足を防ぐための出向),C教育訓練型出向(出向者自身の育成のための出向)、に分類されるが、現在では、雇用調整の1つの方法として意識的に行われるようになっている。

春闘

1956年からはじまった、労働組合が3月下旬から4月上旬にかけて賃金の引き上げを目指して共闘を組み経営側と交渉する「春季生活闘争」のこと。この交渉によって、これまでは1カ年の賃金額が決定されてきたが、近年になって、複数年に渡る賃金額を協定する動きもでてきており、春闘の「見直し」が進みつつある。

小集団活動

小集団活動とは10人ほどの小集団を単位として職場の問題が自主的に解決されることをめざして組織されたグループ活動であり,通常つぎのような手順のもとで行われている。@10名前後のグループを編成し,グループのり―ダーを決める,Aグループに対する会社の期待,グループに与えられた共通の任務などについて,グループ成員がグループ協議を通じて各自確認し合う,B目標を達成するうえで,グループ協議を通じて解決を要する問題をつかむ,C目標項目や目標値などをグループ協議を通じて決める,D全員のチームワークで目標に挑戦し,実績データを集め,分析し,定期的に会合をもって自己評価をする。これは、QC、ZD,等々様々な名称でおこなわれ、かなりの人々が「参加」させられている。⇒変成作用参照。

常務会.

社長、副社長、専務および常務から構成されるわが国独自の機関。これは、本来は、決定機関でもなく諮問機関でもなく、協議機関であるが、現実には、取締役決定事項の大半が常務会の議を経たものとなっており、実質的には、意思決定機関としての役割を果たしている。

ジョブ・ベ−ス賃金

アメリカ企業では、1980年前後から、支払いの基準を仕事ではなく、「別の要因」に替える企業がかなりの数で現れるようになってきた。これらの給与は、例えば、skill-based pay、knowledge-based pay、competency-based pay、等々の様々な名称で知られている。これらの給与が person-based pay として「総称」されることがある。これに対して、伝統的な賃金である職務給(職務評価に基づく賃金)は、従業員が担当している職務を基準として支払われる給与であるために、job-based pay といわれている。

自己啓発.

従業員が、自己の意思や判断でその能力を向上させていくこと。会社側が通信教育費などを援助してくれることもある。

新規学卒一括定期採用方式

欧米の欠員補充方式と対照的に、企業のなかへの人の入り口が新規学卒という特定の時期と年齢層に限定されている日本企業に特徴的な採用方式。これは昭和30年代以降普及したものである。近年では、通年採用が増加し、中途採用者もヨリ増えている。

人事考課

従業員に関する様々な情報を収集しその能力を多面的に評価し、昇進・昇格・昇給のためのベ−スとなる資料を提供する制度。基本的には、能力考課、業績考課、態度(情意)考課、から構成され、態度(情意)考課を重要視することに日本的な特徴があったが、現在、新たな「能力」主義の導入に伴って、その見直しが進みつつある。

スキル給

アメリカの賃金論の教科書によれば、賃金格差を決定するために使われる基準の注目すると、基本給もジョブ・ベ−スかヒト・ベ−スかにカテゴライズされる。ジョブ・ベ−ス構造は仕事の内容(いかなる課業がが為されるのか、いかなる行動が期待されているのか、どのような成果が期待されているのか)に注目しているのに対して、ヒト・ベ−ス構造は従業員へと焦点をシフトさせている。この場合、従業員が有しているスキルが重要視されるとスキル給となる。

成果主義(賃金)

賃金を、前もって定められた期間においてどれほどの業績をあげたのか、という観点から決めること。インプットではなく、アウトプット重視の考え方。このことは、これまで用いられてきた言葉を借用するならば、つぎのような表現で説明することができる。能力という概念は本来多義的なものであり、例えば、能力は保有能力と発揮能力から構成される、と考えられるが、現在(成果主義として語られている)「能力主義」というコトバに込められている能力の意味は前者ではなく、後者の発揮能力、ヨリ直接的に言えば、「業績として顕在化された能力」であり、その「大きさ」に応じて支払われるのが成果主義的賃金である、と。従業員の賃金(の額と上がり方)を属人的に評価するのではなく、評価基準を「仕事の出来映え」にもっぱら限定するのが「新しい」能力主義としての成果主義(賃金)であり、そこでは、潜在能力がいくらあっても「結果」が悪ければ賃金が下がることが、当然のこととして、前提にされている。この場合、定期昇給は制度的に存在しない。成果給、能力給、役割給、業績給、年俸制、等々、様々な名称の賃金がある。

ZD活動

ZDとはゼロ・ディフェクツ(Zero Defects)の頭文字をとったもので,従業員の1人ひとりが注意と工夫によって仕事の欠点をゼロにすることを目標とするもので,欠点ゼロを目指して努力をつづけるように従業員を動機づけるプログラムである。これはアメリカのマーティン社からはじまった。アメリカ陸軍のミサイルをつくり2カ月の納期で納入することに同意していたマーティン社は.1962年1月に作戦上の理由で2週間の納期短縮の要請を受けた。オークランド事業部では、検討の結果,2週間の短縮を可能とするためには,テスト・手直しの工程をなくすこと,すなわち,最初から完全無欠の製品をつくることが必要であるとの結論がだされた。そこで,作業者や管理者の全員に呼びかけ,図面のミス,部品製作のミス,組立てのミスをしないではじめから完全な製品をつくることに心がけ,これが成功したために、ZD計画がその後全米に普及し、わが国でも「無欠点運動」と訳され急速に普及することになった。

世帯賃金

ヨ−ロッパ諸国では、「一人前の労働者」に支払われる「最低の」賃金の額が標準世帯の生活費用に見合うものとして観念されている。これを世帯賃金という。但しこのことは現実の賃金がすべて世帯賃金であるということを意味するものではない。現実には、労働市場で成立する「最低賃金」は世帯賃金以下であり、このギャップが労働組合に賃金の増額を目指す闘争を引き起こしそのギャップを克服させる契機となっている。

選択定年制

採用した従業員を定年前に解雇する制度。現在、早期退職優遇制、自由選択定年制、ライフプラン援助制度、生涯生活設計制度、転職援助制度、等々の名のもとで、中高年の処遇プログラムとして、一時的なものではなく、恒久化しつつある。

先任権の原則

「ラ−スト・イン・ファ−スト・アウト」(最後に入ったものが最初に出ていく)と言われることがあるように、勤続年数を優先させる原則。このことは、不況の際に、勤続年数の短い従業員が順々にレイオフの対象となることを意味している。

全会一致方式

組織内において重要な案件を多数決で決めるのではなく、説得⇒異説の表面化の回避⇒全会一致による決定、というプロセスを経て、集団的に意思決定がされること。これによって、結果に対する責任を、参加者全員が負うことになる。

総合給.

仕事的要素と属人的要素を総合的に勘案して決定される賃金

総務部

他の部署に属せざる事項を担当する部署。と同時に、会社全体を代表し、ないしは代表者に代わって、対外的な交渉を担当する。総会屋対策はその代表的な仕事である。いずれにしても、この部署は(日本企業の組織化の特徴である)「職務の柔軟性」を象徴する存在である。

属人給

年齢、勤続年数、学歴、性、等々の属人的要素に対応して決定される賃金。年功賃金はその代表である。



−た行−


代替雇用労働者

これは、「コンティンジェント労働者」とは別の概念であり、雇用が人材派遣業者などの中間業者によってアレンジされた労働者、あるいは働く場所、時間、仕事量を予測できない労働者、として定義されており、つぎのような4つのグル−プを指している。(1)独立契約者(independent contractors : 自営業、独立コンサルタント、フリ−ランスの労働者などを含むグループ) (2)オン・コール労働者(on-call workers : 企業に氏名が登録されており、必要な時に企業に要請されて2〜3日ないしは数週間働くグル−プ) (3)人材派遣会社派遣労働者(temporary help agency workers : 人材派遣会社から給与を支払われているグループ) (4)請負企業派遣労働者(workers provided by contract firms : 請負企業に雇われて請負先企業で働く労働者のグループ)。

タテ社会

中根千枝によれば、集団は、それを構成する個人の「資格」の共通性かあるいは「場」の共有かのいずれかの要因のもとで構成される。日本では、この点、カ−ストや階級のような横断的な層化ではなく、企業別・学校別のような縦断的な層化によって集団が生じる。これが「タテ」の組織であり、そこでは序列に基づくタテの関係が支配的になる。

賃金格差

支払われる賃金額の「差」。賃金に差があること自体は当然のことであるが、何故にそのような「差」があるのか、格差が生じるのか、について「社会的合意」がなければ、言葉を換えて言えば、その格差が公平である、との観念が存在しないならば、そのような格差をベ−スにした賃金体系は存続することができない。但しそのような「格差」に対する公平感が必ずしも同一ではなく、それぞれの社会において異なるのが実情である。例えば、ヨ−ロッパでは、賃金はその労働者の技能と熟練の変化に応じて変動することは当然のことであると観念されている。これに対して、わが国では、長らく、基本的には、賃金は年齢ないしは勤続年数に応じて増額するものである、との「慣行」が支配的であった。それが年功賃金であり、支払形態は−−−職務給の導入や職能給への編成、等々に代表されるように−−−「変容」し続けたが、そのような「思想」は生き続け、何らかの形で「年功賃金」が貫かれてきた。

単身者賃金

日本では、労働者の賃金は「低い」初任給からはじまり、30才をかなりすぎて(標準世帯の生活をまかなえる)「世帯賃金」に近づく。このことを指して、日本では「単身者賃金」を出発点としているという。

長期決済型賃金システム

日本的な採用方式は企業の人事(処遇)方針に大きな影響を与えてきた。一言でいうと、企業と個人の間には長い期間にわたって貸し借りが発生すること、がそれである。今野浩一郎氏の表現を借りれば、賃金と生産性との長期的な関係を考慮すると、「貸し借り」が次のように3段階に分類される。20歳代は「教育の時代」であり、30歳代から40歳代半ばまでは「稼ぎの時代」、40歳代半ば以降は「返済の時代」である。要するに、日本企業では、サラリ−マン人生の若い時期には会社は社員に貢献度よりも低い賃金を払い、中高年になると逆に貢献度よりも高い賃金を払うことによって、ト−タルとしての企業内人生において収支勘定を合わせる、ということが行われてきた。ただし、このようなことが「正常に」相殺されるには重要なことが条件として要求される。長期的な安定雇用(終身雇用)が必要なのである。

賃金ドリフト

ヨ−ロッパ諸国においては、労働者の賃金は、経営者と労働組合の全国規模の交渉にて決定されるために、その額は、働いている企業に関係なく、基本的には、同一である。しかし現実には、個々の企業の資産や経営上の業績等々によって、実際に支払われている賃金額には「差」がある。その「差」が賃金ドリフトと呼ばれている。

通年採用方式

日本では、欧米の欠員が生じた時点で有資格者を随時採用する「欠員採用方式」とは異なり、4月に新卒者を採用する「新規学卒一括定期採用方式」が一般的であったが、近年では、4月に採用時期を限定しない企業が増えてきている。このような採用方式が「通年採用制度」と呼ばれている。ただしいまのところ4月と10月に採用する企業が多く、欧米のような随時採用は、中途採用者を除き、おこなわれていないのが現状である。

定期昇給

通称、定昇。毎年一定の時期に個々の従業員の条件の変化に対応して基本給の額を増減すること。マイナスの定昇もあり得る。1995年に日経連が『新時代の日本的経営』を公刊し、その中で定昇の見直しを主張して以来、定昇の廃止をも含めて、定昇の「見直し」が進みつつある。ベ−スアップの項参照。

定年

日本企業の終身雇用には、一定の年齢まで特定企業に勤務する(勤続させる)という労使間の暗黙の了解がある。この一定の年齢が「定年」であり、これに達すると強制的に退職させられる。欧米では、年金が支給される時に自主的に退職することが多い(自発的定年)。わが国では、明治20年代に55才定年が成文化され、昭和初期に確立し、第二次大戦後再び一般化した。現在、65才定年を目指す動きと、選択定年制という「矛盾する」2つの動きが活発化している。

電産型賃金体系

1946年に当時の電気産業労働組合によって要求され1947年4月から実施された賃金体系。これは生活給的賃金体系であり、戦後の日本の賃金の「原型」と位置づけられている。電産型賃金体系では、詳細に見れば、直接的には、年齢、家族数、勤続年数、更に間接的には、学歴、経験年数等々の「客観的モノサシ」が賃金決定基準として使われているが、基本的には、これは年齢給を基礎とした基本給決定方式である。

同調選択社会と同調強制社会

個人と集団の相互作用は、犬田充に拠れば、つぎの2つを区別することができる。1つは,ある個人が他人が一般にしていることを認知したとしても,その個人はそのことを必ずしもしない(しなくともよい),というあり方である。そこでは,集団に個人が同調するかしないかはその個人の選択にまかせられる。同調選択社会である。もう1つのタイプは,ある個人が他人が一般にしていることを認知したばあい,その個人がそれをすることを余儀なくされる(そして実際にする),というあり方である。そこでは,個人が集団に同調することが「強制」される。同調強制社会である。日本企業は人為的につくり出された共同態であり、日本企業が共同態であるということは,そこに,同調強制社会としての日本型企業内社会が成立していることを意味している。


−な行−


内部告発

内部告発とは、簡単に言えば、従業員が自分が働いている職場で「悪いこと」が生じていることを知ったときにその「事実」を外部に公表することを指している。我が国の企業では共同体意識が強いために、そのような内部告発は水面下にとどまりその多くは表面化しないというのがいわば「常識」であった(はずである)。だが近年では様々なル−トを通じて、スキャンダルから企業の裏帳簿・記事録を含めた、様々な「情報」、が外部に流出しつつある。M自動車のリコ−ル隠しが社員の内部告発によって発覚したのは記憶に新しい。

ナレッジ給

アメリカの賃金論の教科書によれば、賃金格差を決定するために使われる基準の注目すると、基本給もジョブ・ベ−スかヒト・ベ−スかにカテゴライズされる。ジョブ・ベ−ス構造は仕事の内容(いかなる課業がが為されるのか、いかなる行動が期待されているのか、どのような成果が期待されているのか)に注目しているのに対して、ヒト・ベ−ス構造は従業員へと焦点をシフトさせている。この場合、従業員が有しているナレッジ(知識)が重要視されるとナレッジ給となる。

日本(人)の会社観

会社は誰のものか、と問われると、アメリカでは、制度的にも意識の上でも、その所有権は株主に所属し、会社は株主のものである。だが日本では、従業員が特定の企業に一体化しているために強い「我が社」意識が形成されており、会社は従業員のものである、との主張の根拠となっている。

日本の能力観

能力というコトバに込められている意味はすべての国で必ずしも同じではない。例えば、岩田龍子に拠れば、アメリカにおいては,ある人間のもつ能力が問題とされるとき,人びとは,その人間のもつ潜在的な可能性としての能力に対してではなく,むしろ訓練と経験によって彼が現実に到達しえた能力のレヴェル、すなわち、実力に対して,強い関心を示す。だが日本では、アメリカとは異なり,人が訓練と経験によって到達した能力の水準(すなわち、実力)に対してよりも,人のもつ「潜在的能力」に対して,より大きな関心を示す傾向が認められる。このことは、同じように能力主義と言われ、「企業目的達成に貢献する能力」が重要視されるとしても、その内容がアメリカと日本ではかなり相違していることを示している。日本の企業で要求される能力は特定の企業に長期的に勤続してはじめて発揮されるあるいはその企業にとって意味がある(つまりその企業の目的達成に貢献する)能力である。したがって,これは当該企業にしか通用しないかもしれない,極めて個別企業的なものとなる。そして事実これまでの(職能給を柱とする)能力主義管理では,そのような能力を評価し格付けてきたのであり,個々の従業員の職務遂行能力の「違い」がそれぞれの企業において(潜在的能力の評価を含む)「長期的な観点」から評価されきたのはその為である。したがって、その実態は「年功主義的能力評価」であった。


日本型期待される指導者像

日本企業では、伝統的に、職務上の能力だけでなく、それ以上に、人間関係の処理能力が求められてきた。共同態としての日本企業では,メンバー同士が保身上互いにゴタゴタを避けているために,コンフリクトが潜在化し表面に出てこないのであり,逆にいえば,それを表面化させないことがリーダーの役割になってくる。別のコトバで言えば、「強制」同調のなかで生じるさまざまなトラブルを処理し−−−たとえ,表面上だとしても「和」を保ちながら−−−共同態関係を再生産していくことができる指導者が「尊敬」されもとめられるようになる。

根回し

組織内で何か新しいことを行う場合、インフォ−マルな機会を利用して、事前に関係者の了解を得ておくこと

年功賃金

年齢あるいは勤続年数に応じて(年齢・勤続に応じて技能が高まることもあるし高まらないこともあるが)個別賃金が上昇していくような賃金体系,が年功賃金である。この《年功賃金》という概念は,通常,年齢あるいは勤続年数に応じて昇給していく賃金という意味で使用されている。我が国の賃金は明治以来ずっと年功賃金であったわけではなかった。年功賃金が成立したのは第1次世界大戦前後であり,それは,第2次世界大戦へと移行するなかで大きく修正されるとともに更に特長を鮮明にしそして戦後の労働組合運動のなかに引き継がれていった。

年功賃金の職務給化

昭和30年代から40年代にかけて年功賃金が仕事給(職務給)へと変容した。但し、我が国の企業に導入(実施)された職務給は,我が国において職務給の前提条件が欠けているために,かなりの「日本的修正」が加えられ,従来の年功賃金との「折衷型」として成立した。このような日本型職務給は,基本的には,2つのタイプに区分される。第1のタイプは年功賃金と職務給との「併存型」であり,第2のタイプは年功賃金と職務給を1つに混合した「混合型」である。

年俸制

年俸とは、言葉通りに言えば、年ごとに定めた俸給、また、1年分の俸給、であり、通常は、その12分の1に相当する額が毎月支払われる。今日 この年俸制が、「年功的賃金から業績給への転換」というフレ−ズのもとで、従業員の活性化とリストラ対策のなかで、業績給・成果給の代名詞の如く注目を集めている。但し制度的に言えば、これは、毎年 契約を変更し,成績に応じて年俸額が上下させられる、という個々の個人と会社の契約に基づく賃金支払い制度であり、簡単にこれまでの制度に取って代われるものではない。なぜならば、制度の性格上その対象者が限定されてくるし、更にはその運用がかなり複雑になってくるからである。例えば、アメリカでは、基本的には、年俸適用者がホワイトカラ−の一部であるイグゼンプト(exempt 時間管理の対象となっていないホワイトカラ−)である。したがって、現在わが国でも、年俸制が管理職クラスを対象として導入されはじめていることは当然の「流れ」であろうが、「契約」観念が根付いていないわが国においてどのような「年俸制」が導入され普及していくか、管理者層に限定しても、現在の時点では不透明である。年俸制が議論されるとき、「日本型」年俸制という表現のように、「日本型」という形容詞が付いていることはその事情を端的に示している。アメリカの年俸制を参照。

能力主義

平等主義とは異なり、報酬、賃金額、等々に何らかの形で「格差」を設定することが能力主義であるが、能力「観」は必ずしも同一ではない。例えば、当該従業員の「潜在」能力を問題とするのか、それともその「結果としての成果」(顕在化された能力)を評価するのか、はその一例である。年功主義が理念としても実態としても「崩れ」つつある現在、能力をいかに把握するのか、そして評価するのか、が改めて問われている。



−は行−


働きすぎ社会

日本の労働時間は欧米諸国と比べると長時間であり、例えば、「セブン・イレブン」型の労働時間は「過労死」の年間労働時間(3000時間前後)に相当する。この日本の労働時間を生みだしている要因は、労働者にとっての外圧的条件と内圧的条件に分かれる。そして、前者は、更に、@急速な技術革新→企業間競争の激化→機械の稼働時間の延長→機械の稼働時間の優先→高いノルマの設定→所定労働時間の延長、A雇用調整→労働力不足→残業の常態化、に分かれ、後者は、@共同態としての企業下の人間関係→時間外労働を拒否しにくい風土→時間外労働の慢性的発生、A低賃金構造→収入増を求めての残業、分かれる。したがって、働きすぎを「強制」される社会−−−これが日本の働きすぎ社会の実態である。

ヒト・ベ−ス賃金

アメリカ企業では、現在、賃金革命(Pay Reform: The Move To Performance Pay)と称せられる現象が生じている。そのような賃金革命の最大のものは基本給の「変容」である。アメリカの多くの企業では、(ヨ−ロッパの)職種別賃金との比較で言えば、職務給(職務評価に基づく賃金)が、1940年代に、急速に普及した。職務給とは、従業員が担当している職務を基準として支払われる給与(job-based pay)であるが、1980年前後から、支払いの基準を仕事ではなく、「別の要因」に替える企業がかなりの数で現れるようになってきた。これらの給与は、例えば、skill-based pay、knowledge-based pay、competency-based pay、等々の様々な名称で知られている。これらの給与が person-based pay として「総称」されることがあり、日本の職能給との異同が関心を呼んでいる。

フォ−ディズム

戦後の先進諸国の経済体制が「フォーディズム」というタームで説明されることがある。これは,大量生産・大量消費の体制,を意味している。フォーデイズムの「基本」を成すものはテイラリズムであるが,そのテイラー主義は,労働者の激しい抵抗にあって,決してスムーズに定着したわけではなく、長期にわたる階級闘争の果てに戦後,労働者階級は譲歩して,そのテイラー主義を受け入れた。そしてその譲歩の対価として労働者が獲得したのが,生産性インデックス賃金である。それが戦後資本主義なのであり,これによって,戦後の高成長が可能となったのである。

複線型雇用管理

企業内人生の「節目」ごとにキャリアを選択させること。例えば、まず応募時か入社時に(あるいは入社2〜3年目に)選択を迫られるコースがある。総合職コ−スか一般職コースかの選択がそれである。このコース制は男女雇用機会均等法の施行にともなって導入が増えた制度である。総合職コースは役職昇進を前提としたコースであり,一般職コースは「使い捨て・下級管理者どまりの」コースである。そしてその後一定の教育訓練を経てコースの選択を再度迫られることがある。それは,たとえば,管理職,専門職,専任職,の選択である。基本的には,総合職コース選択者は管理職コースヘ,一般職コース選択者は専任職(エキスパート)コースヘ,専門職コース選択者は一貫してそのコースで定年を迎えることになるが,変更も可能である。日本の多くの企業では,複数のコースが設定されており,従業員は,そのコース制に沿って,昇進・昇格を幾度となく織り返しそれぞれの企業内人生を歩んでいことになる。

福利厚生.

福利厚生とは,@企業が,その主体として,法的規制のもとにあるいは自発的任意的に,A労働力の確保,維持,企業との一体感の醸成,モラールの向上,を目的に,B従業員およびその家族を対象に実施する,C他の人事労務管理領域と多分に重複した,D生活福祉向上活動・施設・制度,であり、法定福利と法定外福利に大別される。従業員本人だけでなくその家族も対象となっている点に,この制度の大きな特徴があり、その意味で,福利厚生制度は共同態の基礎原理といえる。

部門別思考

企業体として遂行すべき機能と職能を,部門長を中心として成員が協同して遂行するように,部門の分掌業務として割りあて,組織はこのような部門が,大部門→中部門→小部門→へと体系的に分割され,または小部門→中部門→大部門として結合されるものである、という考え方を「部門的思考」という。郷原弘によれば、(欧米のような)職位的思考にたった組織は,ポジションを単位として構成され,このポジションにおける職務の類似性に応じて結合されたものが部門となると考えるが,部門的思考にあっては,まず部門があり,末端部門を組織の単位とし,これが分掌業務の体系に従って中部門を,さらに大部門を形成し,一つの企業体の組織が構成されることになり、個人は,それぞれの部門(多数の者は末端部門)の成員として所属するものとして考えられている。

フレックスタイム

一ヶ月以内の一定の期間の総労働時間を定め、従業員がその範囲内で各自の始業および終業の時刻を選択して勤務できる、勤務時間制度。但し、この制度のもとでも、従業員全員が必ず出勤していなければならない時間帯が設定されている。それをコアタイムという。

ヘイ・システム

正式な名称は Hay Pprofile Guide Chart。ヘイ・プランとしても知られている。エドワ−ド・ヘイ(E.Hay)を創始者とする国際的なコンサルティング会社である「ヘイ・コンサルティング・グル−プ」(1943年創立。1979年に日本支社設立)によって開発された、「仕事」を中心に組みたてられた総合的な人事システム。本来は、ノウハウ、問題解決、アカウンタビリテイを評価項目とした、点数法による職務評価制度であり、アメリカでは最も普及しているシステムとして知られている。同社の最近のHP(http://www.haygroup.co.jp )によると、ヘイ・システムを導入する場合に必要不可欠な条件は、第1に、「仕事を通じて達成すべき成果」(アカウンタビリティ)の定義と、第2に、業績を実現する「人の力量」(コンピテンシ−)の適切な評価であり、このことから、近年では、コンピテンシ−が重要視されていることがわかる。そのヘイ・グル−プによって開発されてきた「能力を定義し測定するための客観的な尺度」が現在「報酬制度の世界標準となっている」と、HPで自負されている。

併存型職務給

併存型職務給は,従来の年功賃金部分とは別に(基本給の一部としてあるいは手当として)職務給部分を設定し,この職務給部分の比重を拡大していくことによって,徐々に職務給としての性格を強化し,年功賃金から職務給への漸次的移行を完了しようとするものである。したがって,この併存型では,職務給部分が一応純粋な姿をとっていることが多い。

ベ−スアップ

生産性の向上、物価の上昇、等々を考慮して、経営側が必要に応じて、一率ないしは一定額で賃金の底上げをおこなうことてあり、従業員全体に対して画一的に適用される。但し、毎年実施されるとはかぎらない。

変成作用

小集団活動がわが国で広く普及し労働者が「受け容れている」ことを説明するために、仁田道夫が提唱した概念。この「変成作用」とは,@「経営の指示による『強制』の側面を,集団自身の構成員統制力」に置き換えること(簡単にいえば,どうせやらなければならないならば,全員が参加すべきであり,しかも負担も公平に分かちあうべきである,という規範が自然発生的に生まれること),A「公式的理念を,現場作業者の感覚や職場作業者集団の規範に適合するように読み換え,もしくは翻訳」すること(より具体的にいえば,押しつけられたそれぞれのテーマを自分流に解釈して,みんなと仲良く仕事をして楽しい職場生活を送ること),を意味しており,これによって小集団活動は職場のなかに普及していく,と考えられている。

法人資本主義

奥村宏によって日本企業の現実を念頭に置いて提起された概念。株式会社の株式所有が個人ではなく法人に集中し、また法人が様々な手段で会社を支配して労働者を会社に取り込んでいる、会社本位の体系として知られている資本主義。



−ま行−


みなし労働時間

実際に働いた時間を算定しにくい業務について、その業務に従事する従業員の「労働」時間をあらかじめ決めておいてその時間を所定の労働時間と見なすこと。例えば、所定時間7時間の企業において、外勤者の外回り時間の9時間を労働時間と見なすこともできるし、技術者の勤務時間5時間を労働時間と見なすことも可能である。対象業務は、基本的には、外勤者と専門職であるが、特に、専門職に関して、適用される職務が拡大しつつある。

目標管理

企業の目標達成のために全体の目標体系にそって各従業員が意欲をもやし目標を自主的に定めそれを達成し自己統制するー連のサイクル。これには、(1)企業の全体目標(戦略目標)達成という観点からの目標の分割,目標の連鎖体系をつくるという形で、目標を設定し統制していくこと、(2)個人の「自主的」・「自律的」行動の現実化の方向をさぐるという観点から決定過程への「主体的参加」の理念を基本とし、いわゆる plan-do-see の各過程に個人を「参加」させ,これらを「自主決定」-「自己統制」−「自己評定」という形で展開していくこと、という2つの側面があり、後者の側面を持つために、参加の1形態として高く評価されるが、実態としてみると、洗練化された「ノルマ管理」に転化しているケ−スが多く見られる。

メインバンク

日本では、資金不足を銀行からの借入金に頼るという慣行が続いたために、長期的な取引関係のもとに資金的援助を恒常的におこなう特定の銀行が成立するようになった。そのような銀行をメインバンクという。




−や行−


有期雇用

日経連が1995年に公刊した『新時代の「日本的経営」』で、雇用形態が3つに分類された。これによれば、従業員は、@(期間の定めのない契約で雇用される)長期蓄積能力活用型グル−プ、A(一定の期限つきの契約で雇用される)高度専門能力活用型グル−プ、B(一定の期限つきの契約で雇用される)雇用柔軟型グル−プ、に類別される。長期蓄積能力活用型グル−プは管理職・総合職・技能部門の基幹職であり、期間の定めのない雇用契約のもとで雇用される。これに対して、(企画・営業・研究開発等々の専門部門で働く従業員に代表される)高度専門能力活用型グル−プと(一般職・技能部門・販売部門で働く)雇用柔軟型グル−プは、有期雇用契約のもとで、採用されるであり、有期雇用者と言われる。特に、第3グル−プはパ−トタイマ−や派遣労働者で構成されることになる。またそれぞれのグル−プには異なる賃金支払い形態が適用されることが想定されており、雇用の流動化と同時に賃金の市場化も進むことが予想される。

ヨ−ロッパの賃金

諸外国,特に∃ーロッパ諸国における賃金の高さは,社会的な「賃率」をベースとして決定される。これが作業内容や職種の格付けや職務の軽重難易に応じて決められた「標準賃率」であり,ある一定の仕事に誰がどこの企業で就くかには関係のない,社会的相場である。したがって,年齢の若いものでも年配の労働者でも同一職種の同一等級の仕事を担当しているかぎり,彼らには,同一の賃金が適用される。この「標準賃金」は,労働組合と経営者団体の交渉を通して決定され,それぞれの企業に「横断的に」適用されるために,横断賃率と呼ばれている。∃ーロッパでは,横断賃率は,職種別・熟練度別に社会的に格付けされた賃金である(他方、アメリカの場合には,個々の企業内で、職務別・等級別に格付けされているために、職務給と呼ばれている)。種々の仕事・職種は,熟練職種,半熟練職棟,非熟練職種,と職種別にされ,それぞれが,上級,中級,下級,というように熟練度別に分けられている。したがって,全部で7から9までの段階にわけて横断賃率が、全国協約で、決定されている。




−ら行−


ラジア−理論

日本企業における定年制度の存在と年功賃金との結びつきを理論的に説明するものとしてラジア−(E.P.Lazear)によって提起され現在良く知られるようになった考え方。森永卓郎の解説に拠れば、労働者は、若いうちは限界生産力(企業への貢献)よりも低い賃金を受け取っている。しかし、賃金は年齢とともに限界生産力の増加を上回って高くなっていくので、中年期のある時点で、今度は企業への貢献よりも高い賃金をもらうようになる。ただし、そのまま放っておくと、貢献よりも高い賃金を支払いつづけなければならなくなるので、一定の時期で雇用を終了させなければならない。それが定年制である。

リストラ

リストラクチュアリング。現在では、本来の意味が矮小化され「人員削減〓首切り」をさすコトバとして使われているが、元々の意味は事業の再構築を意味する概念である。

稟議.

企業経営上重要な事項が主としてミドル層によって立案され、それが(稟議書と言われる)書類として関係者に回覧され(回議)、上長によって決済(承認)される、日本独自の意思決定システム。ハンコ行政としても知られてきたが、今日、電子メ−ルの普及でその動向が注目されている。


レイオフ

アメリカ企業で不況に際して実施される、再雇用が優先的に保障された会社都合解雇。レイオフされる人数は経営側が「一方的に」決めるが、誰がレイオフされるかについては明確な基準がある。その基準が「先任権」である。

労使協議制

労働者側と経営者側が全国レベルの団体交渉において対象外となった個別企業レベルの特殊な経営上の諸問題を協議すること。わが国では、生産性本部の発足(1955年)とともに、労使協議制が生産性向上の具体的方式として位置づけられ、(様々な名称をもつが)ほとんどの企業に設置されるようになった。企業別組合のため、団体交渉と労使協議の当事者が同一であり、事実上、労使協議ですべての問題が「解決」される傾向にある。

労働組合

労働者が主体となって自主的に労働条件の維持・改善そしてその他の経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する恒常的な団体もしくはその連合体。一般組合、職業別労働組合、産業別労働組合、企業別組合、がある。

労働対価意識

賃金の本質は労働力の価値・価格であるが,それは,その現象形態においては,労働の価格,すなわち,一定量の労働の給付に対して支払われる反対給付=一定量の貨幣,としてあらわれる。このような現象形態においては,売られているのは労働ではなく労働力であるという本質的なことがみえなくなってしまうし、また,賃金が労働の価格としてあらわれることによって,それは給付された全労働(必要労働+剰余労働)に対して支払われているかのように現象するために、すべての労働が支払労働として現象し、支払労働と不払労働の関係がすべておおい隠されてしまう。しかし事実(現象)としては,賃金は労働の対価としてしかあらわれえないのである。欧米の社会には、このような「労働の質量と賃金を結びつけて考える、賃金は労働の対価である」、という意識、「労働の質量と賃金を結びつけるという慣行」、別の表現でいえば、「一定の確定した労働給付に対する反対給付としての賃金という関係」、が確立しているが、日本では、そのような意識が希薄でありいまだ確立していない。

65才現役社会

1997年に、労働省の「65才現役社会研究会」によって、「65才現役社会の政策ビジョン」が公表され、65才定年制が提起された。それ以降、各地で、「65才現役社会推進モデル事業」プロジェクトが推進され、パイロット企業で「65才継続雇用」に関する聞き取り調査やアンケ−ト調査が実施され、65才定年制に向けて動きだしたが、現状は厳しい。



−わ行−


和 Wa

和 Wa とは、外国人の眼からみると、日本社会に特有な(グル−プの調和とコンセンサスを意味する)タ−ムであり、「グル−プ・モラ−ル」に近い概念であり、日本企業の指導者はこの和の維持を第一義的な課題としている。和を維持することで忠実な熱心な従業員が生まれることがあるが、他方で、特定の集団への忠誠心が強くなりすぎて他の集団を拒否し協調性を欠くことがある。

ワ−ク・シェアリング

ヨ−ロッパの失業対策の根底にある、全体の労働時間を所与のものとして、その労働時間(したがって、全体としての仕事量)を一人でも多くの労働者でシェアしよう(分け合おう)、という考え方。特に高失業時代に突入したドイツにおいて、1970年代中頃に、労働時間の短縮によるワ−ク・シェアリングの実現が労働組合側から提起されたことで有名になった。この発想をもとに、個々の労働者の労働時間を短縮したり、あるいは、非正規労働者(パ−トタイマ−、期限的労働者、派遣労働者、等々)に雇用の機会をヨリ多く提供したりして、ヨリ多くの労働者が就業できるようにすることを目指したが、失業問題が必ずしも解決されたとは言えない状況が続いている。ただしこのことは、今日では、日本に突きつけられている問題でもある。




(注)

これは開設者の個人的な「メモ」であり、それ以上でもなければそれ以下でもありません。